労働時間管理でよくある相談例
①残業代の計算で労働時間を15分単位で切り捨てています。
②当社では昔から30分単位で残業時間を報告するように指示しています。
③労働組合から残業代の計算方法について団体交渉を求められています。
回転ずし大手「あきんどスシロー」に対する労基署による是正勧告(5分未満の労働時間の切捨て)の報道について
労務管理を簡便にするため、残業時間を15分単位で切り捨てたり、残業時間を30分単位で報告するという運用をしている会社も多くあるかもしれません。
労働時間の適切な管理は、企業の規模にかかわらず、どの企業も悩むべきところで、業務効率性や生産性の向上に向けて、企業として、継続的に検討していく必要があります。
今回は、適切な労働時間の管理を行うという視点から、回転ずし大手「あきんどスシロー」に対する労基署による是正勧告(5分未満の労働時間の切捨て)の報道について、説明します。
2024年1月、中央労働基準監督署が回転ずし大手「あきんどスシロー」に対して、5分未満の労働時間を切捨てて計算しているため、切捨て分の賃金を支払っていないことを理由として是正勧告を行ったという報道がありました。
同報道によれば、東京都内で働くアルバイト従業員が所属する労働組合との間で団体交渉を行っていたが、話し合いによって決着がつかず、同従業員が、未払いの是正を求めて労働基準監督署に申告したということです。
会社の主張と従業員の主張が対立しており、この報道だけでは、どちらの主張が正しいかどうかについて直ちに判断できませんが、労働法の観点から弁護士が適切な労働時間の管理について解説します。
労働時間とは?ー実労働時間の把握の必要性ー
労働時間には、①法定労働時間、②所定労働時間及び③実労働時間があります。
①法定労働時間とは、労働基準法32条が定める1週間と1日の最長労働時間をいいます。労働基準法32条では1週間の上限を40時間、1日の上限を8時間と定めています。
②所定労働時間とは、雇用契約によって従業員に労働させる時間をいいます。所定就業時間(始業時間から終業時間までの拘束時間)から休憩時間を控除した時間が所定労働時間となります。
③実労働時間とは、従業員が現実に労働した時間をいいます。遅刻、早退、欠勤等は現実に労務提供が行われていないため、所定労働時間から控除されることになります。そのため所定労働時間≠実労働時間となります。
割増賃金の基礎となる労働時間数は実労働時間に基づいて計算されるため、実労働時間を正確に把握する必要があり、実労働時間の把握は労務管理の基本となります。
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労働時間の判断基準ー指揮命令の有無―
労働基準法の「労働時間」(実労働時間)とは、従業員が会社の指揮命令下に置かれている時間をいいます。この時間は、雇用契約や就業規則の定めによって決まるのではなく、実際に従業員の行為が会社の指揮命令下に置かれていたかどうかで評価されます。
三菱重工業長崎造船所事件(最判平成12年3月9日民集 54巻3号801頁)でも、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。」としています。
会社による従業員に対する指揮命令下にあるかどうかは、明示的な指示がある場合だけでなく、黙示的な指示がある場合も認められることもあるため、注意する必要があります。
裁判では、手待ち時間(休憩中の電話当番、仮眠時間、駐停車時間)や実際の作業時間前の準備時間や後片付け時間等が労働時間に該当するかどうかが争われることがあります。
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労働時間の切捨処理(丸め処理)は違法か?
労働基準法24条(賃金の支払)は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」とされています。労働基準法24条を根拠として、労働時間は1分単位で計算して支給しなければならないと解釈されているため、労働時間の切捨処理は違法と判断される可能性があります。
名古屋地判平成31年2月14日(医師による時間外賃金等請求事件)でも、「使用者は、法定内の所定労働時間を超える労働であっても、労働をした以上、労働者に対してその対償である賃金を全額支払わなければならないと解され(労基法24条1項)、本件契約において、原告と被告との間で15分未満の超過勤務時間を切り捨てる処理について合意されたと認められる証拠はないのであり、被告における15分未満の超過勤務時間を切り捨てて超過勤務手当を支払うという取扱いは、労基法24条1項に反し、許されないものといえる。」としています。
外食大手のすかいらーくホールディングスでも、5分未満の労働時間の切り捨てが問題となったことがあり、同会社では、2022年7月から5分単位で店舗の勤務時間を計算していたが、1分単位で店舗の勤務時間を計算する新勤務時間管理方式を導入することを決定したということです。また、過去2年間分の「実際に給与として支払った金額と新管理方式で算出した場合の金額との差額相当額を在籍する時間給で働く従業員にすかいらーく社として自主的に支払う」という発表をしています。
労働時間の切捨処理は、これまで労働時間の管理を簡便にするために活用していた会社も多いと思いますが、適切な労務管理を行うという視点から、労働時間の切捨処理は違法と判断される可能性があることを理解しておく必要があります。
特に、飲食業界では、勤務時間の把握を5分単位から1分単位に切り替える会社も増えており、労働トラブルを回避するためにも、また、コンプライアンスを徹底し、会社の信用を確保するためにも、労働時間の管理方法の見直しも検討していくべきといえます。
*昭和63年3月14日付け基発第150号では「賃金計算の端数の取扱い」で違法となる場合と違法とならない場合の例が指摘されており、以下のケースでは、労働基準法24条及び労働基準法37条違反として取り扱わないとしています。ただし、端数処理は、時間外労働、休日労働、深夜業のみに認められているだけなので、たとえ1か月の合計でも所定労働時間の端数処理は認められないため、注意する必要があります。
・1か月における時間外労働、休日労働、深夜業の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げる
・1時間当たりの賃金額および割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げる
労働時間の切捨処理(丸め処理)のリスク
労働時間の切捨処理(丸め処理)は、違法と判断される可能性もあり、以下のようなリスクが発生する可能性があります。
①従業員による未払賃金や残業代請求
②労働組合による団体交渉の申入れ
③労働基準監督署による是正勧告
④労働基準法違反を理由とする刑事罰
上記リスクを放置してしまうと、労働裁判に発展したり、会社の信用やレピュテーションが毀損されてしまうこともあり、会社が重大な損失を被る可能性もあります。
特に、未払賃金や残業代の消滅時効(請求期間)は従来は2年でしたが、民法改正(2020年4月1日施行)によって、2020年4月1日以降に支払われる賃金から5年に延長され(当分の間は経過措置として3年)、残業代や未払い賃金を放置すると、企業が支払わなければならない残業代や未払い賃金が増大します。
労働時間の切捨処理(丸め処理)をしている会社のうち、特に従業員数が多い会社では、このリスクは深刻な金額となることもあります。
労働時間管理の注意点
①社会の変化に対応していく必要があること
少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少や育児や介護との両立等働く人のニーズの多様化に対応するため、働き方改革が求められています。その中で労働時間を適切に管理する必要性やニーズが高まっています。
特に、働き方改革の重要な柱として、長時間労働の是正や多様で柔軟な働き方の実現が求められていますが、この前提には、正確に労働時間を把握する必要があります。
長年、労働時間の把握方法について問題となっていなかった会社でも、社会の変化に対応するため、労働時間の管理方法の見直しを迫られることもあります。
5分未満や15分未満の労働時間を切り捨てていた会社でも、社会の変化に伴い、労働時間の管理方法の見直しについて検討を迫られる可能性があります。
②従業員の意識も変化していること
インターネットやSNSによって様々な情報が普及し、従業員も勤怠管理や労働条件について容易に情報を取得することができるようになりました。そのため、従前の運用や慣行について、従業員から要望やクレームが発生することもあって、労働法に従った対応を怠ると、労働トラブルに発展したり、会社の信用やレピュテーションが低下してしまうこともあります。
従業員の意識も変化していることを理解し、従業員の要求やクレームについて、労働法を理解したうえで対応していくことが必要となります。もちろん、従業員の要求やクレームが労働法の観点から間違っていることもあるため、労働法を正しく理解し、従業員に適切に説明する必要があります。
③勤怠管理システムを利用するとしても、労働法の理解が必要であること
最近は、勤怠管理システム(スマホで出退勤の打刻ができたり、勤怠記録を自動集計する等勤怠管理を効率化・自動化できるシステム)が普及しており、勤怠管理の効率化や自動化が進んでいます。
もちろん業務を効率化し、生産性を向上するためにも勤怠管理システムの導入は必要不可欠といえます。
その一方で、勤怠管理システムの設定作業は、各会社が行わなければならず、勤怠管理システムの設定を怠ってしまうと、労働法に違反する設定も可能となってしまいます。
勤怠管理システムを積極的に利用するとしても、労働法に違反しないように設定し、運用していなければなりません。
弁護士による労働時間の管理対応
①従業員等の請求根拠に対する法的検討・法的精査
従業員/元従業員から残業代や未払い賃金が請求されたとしても、その請求が法的に正しいとは限りません。実際、従業員から法的根拠なく残業代を請求されるケースがよくあります。
そのため、法律の専門家である弁護士によって従業員等の請求根拠を法的な観点から緻密に精査することが必要となります。法的な根拠・理由を十分に精査することなく、安易に残業代や未払い賃金を支払ってしまうと、その情報が流布され、他の従業員から同様の請求がされてしまうケースもあります。
②残業代や未払い賃金対応の代理交渉
従業員/元従業員から残業代や未払い賃金を請求されたとき、経営者や人事担当者の皆様が従業員等と交渉することは精神的・物理的な負担が大きく、また、従業員との過去のトラブル等から冷静に対応できないことも多々あります。また、従業員等が弁護士に依頼し、従業員側弁護士が交渉を求めてくることがあります。
このような場合、経営者や人事担当者の皆様が直接交渉を行うことは、得策ではない場合もあり、法律やトラブル・紛争の解決の専門家である弁護士に代理交渉を依頼する方がメリットが大きいといえます。
弁護士に代理交渉を依頼することによって、経営者や担当者の皆様の負担軽減につながるとともに、適切なタイミング・方法で解決することも可能となります。また、企業の主張・考えを法的枠組みで整理することによって、企業側の主張をより説得的に伝えることができます。
▼弁護士による対応▼
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③労働審判や労働裁判の代理活動
労働審判や労働裁判では、裁判所が労働法や裁判例に従い判断するため、法的視点から、主張や証拠を準備して、適切なタイミングで提出する必要があります。この業務は、会社担当者のみで対応することが困難であるとともに、裁判業務に精通している弁護士が対応することが最も適切といえます。
④労働組合対応
多くの会社経営者や役員の方にとって、団体交渉を経験した人は少なく、また、団体交渉の準備・参加について、心理的にも物理的にも過度な負担がかかります。
そのため、紛争・訴訟や労働法に精通する弁護士に団体交渉対応を依頼することによって、経営者の皆様の負担を軽減し、団体交渉を有利に進め、労働問題の適切な解決を目指すことができます。
労働問題を深刻化させないためにも、団体交渉申入書を受け取ったら、早めに労働法の専門家である弁護士に相談することを検討ください。
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⑤労働条件の整備(雇用契約書や就業規則の作成)
残業代や未払い賃金トラブルが起きないようにするためにも、労働条件を整備する必要があります。具体的には、企業のニーズや実情を把握して、雇用契約書や就業規則・給与規定を法的な観点・枠組みを踏まえて検討しなければなりません。
そのためにも、労働条件を記載している雇用契約書や就業規則・給与規定のリーガルチェックが必要であり、企業の持続的な成長のためには将来のリスク予防は重要です。
また、残業代や未払い賃金トラブルは、他の従業員にも波及してしまう可能性もあるため、そのトラブルの原因や問題点を早期に把握して、見直し・改善していくことが必要となります。
弁護士は、企業の立場で、労働条件の整備(雇用契約書や就業規則の作成)をサポートします。
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Last Updated on 2024年11月5日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 私は、日本で最も歴史のある渉外法律事務所(東京)で企業法務(紛争・訴訟、人事・労務、インターネット問題、著作権・商標権、パテントプール、独占禁止法・下請法、M&A、コンプライアンス)を中心に、弁護士として多様な経験を積んできました。その後、地元・関西に戻り、関西の企業をサポートすることによって、活気が満ち溢れる社会を作っていきたいという思いから、2016年、かける法律事務所(大阪・北浜)を設立しました。弁護士として15年の経験を踏まえ、また、かける法律事務所も6年目を迎え、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、関西の企業・経営者の立場に立って、社会の変化に対応し、お客様に価値のあるリーガルサービスの提供を目指します。
代表弁護士 細井大輔
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