競業避止義務違反についてよくある相談例
①退職した従業員が取引先と会っている。
②退職した従業員が競合会社に就職した。
③従業員が退職後の競業事業の準備を行っている。
従業員の競業避止義務とは?
競業避止義務とは、自己又は他人を介して、会社と競合する事業を行うことを禁止する義務です。競業会社へ転職する行為や競業会社を設立する行為が義務違反の対象行為となります。
従業員は、在職中、会社の利益を著しく侵害する競業行為を差し控える義務があり、多くの会社では、就業規則や誓約書において、在職中の競業避止義務を規定することが一般的です。また、従業員は、在職中、競業避止義務以外にも職務専念義務、秘密保持義務や会社の名誉・信用を毀損しない義務を負っています。
これに対して、退職後の従業員には、職業選択の自由や営業の自由が保障されており、当然に競業避止義務が発生するものではありません。そのため、退職後の競業避止義務を課すためには、従業員と会社との間で、特別な合意が必要となります。
そのため、会社が従業員に対して退職後の競業避止義務を求めるためには、就業規則や誓約書(入社時又は退職時)において、特別に定めておく必要があります。
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競業避止義務違反の具体例
①競合会社に転職すること
②競合会社の役員に就任すること
③競合会社を設立すること
従業員に対する競業避止義務違反に基づく損害賠償請求
競業避止義務が有効であると認められ、競業避止義務違反によって会社が損害を被った場合、会社は、従業員(元従業員)に対して損害賠償を請求することができます。
以下の裁判例でも従業員に対する競業避止義務違反に基づく損害賠償請求を肯定しています。
①東京地判令和4年11月25日ー損害賠償請求を肯定
1 事案の概要
本件は、原告が、原告と雇用契約を締結していた被告Y1及び被告Y2や被告Y1が代表取締役を務める被告会社に対し、被告両名が原告在職中及び退職後に競業行為を行い、原告の顧客との取引を奪取したなどと主張して、雇用契約上の債務不履行(競業避止義務違反、誠実義務違反及び善管注意義務違反)に基づく損害賠償又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
2 判旨
「被告両名は、原告の在職中、労働契約の付随義務として又は本件就業規則18条14号に基づき、原告に対して競業避止義務を負っていたところ」、「被告Y1は、原告在職中に、a社から別紙「納期退職後案件リスト」記載の各案件の受注を受け、これらの業務を開始し、当該案件の売り上げを被告Y1又は被告会社に帰属させているのであるから、被告Y1が競業避止義務に違反したことは明らか」であるとした。
「被告Y1が、被告Y1又は被告会社の業務として、納期退職後案件を受注したことは、債務不履行に該当するところ、納期退職後案件は、a社が原告に依頼することを予定していた案件であり、被告Y1が競業行為を行わずに原告に報告していれば、原告が在職中の被告両名に協力を得るなどして完成させ得た案件であるから、被告Y1が納期退職後案件を受注したことと原告が納期退職後案件の売上を得られなかったこととの間には、相当因果関係があるというべきであり、被告Y1の債務不履行により、原告には別紙「納期退職後案件リスト」記載の各案件の売上から外注費を控除した金額の合計である279万0710円の損害が発生した」と認められる。
3 判決のポイント
以下の点を考慮して、競業避止義務違反ないし競業避止義務違反に基づく損害賠償請求を認めている。
・被告は、原告の在職中、労働契約の付随義務として又は原告の就業規則に基づき、原告に対して競業避止義務を負っている。
・被告Y1が、原告在職中に、被告Y1又は被告会社の業務として、納期退職後案件を受注したことは、債務不履行に該当する。
・被告Y1が納期退職後案件を受注したことと原告が納期退職後案件の売上を得られなかったこととの間には相当因果関係があり、損害賠償(279万0710円)が認められる。
②東京地判平成29年10月27日ー損害賠償請求を肯定
1 事案の概要
街頭防犯カメラ設置事業に係る工事の下請業務を行ってきた原告が、交渉を進めてきていた平成26年度の上記工事の下請契約について、原告の従業員であった被告Y2が、被告会社をして元請業者との間で契約締結させ、従業員としての誠実義務・競業避止義務に違反し原告に営業上の損害を与えたと主張して、損害賠償等を求めた事案である。
2 判旨
「平成26年11月18日まで、被告Y2は原告と雇用契約関係にあった」ものであり、「被告Y2は、原告において、防犯カメラシステム事業の責任者であり、平成26年度の本件工事についても、Cとともに、元請2社から下請業務を受注すべく、元請2社との打合せや下請業務の準備を行ってきていたというのであって、これらの業務を行うに当たり、原告に対し、雇用者である原告の正当な利益を不当に侵害してはならないという誠実義務、ないし雇用者の営業上の利益に反する競業行為を差し控えるべき競業避止義務を負っていたというべき」であるとした。
被告Y2は、「自ら元請2社から下請業務の受注を得ることを意図して、元請2社と交渉を行うとともに、建設業の許可を有する被告会社をして下請契約の主体になることをBに依頼するなどして、元請2社と被告会社との下請契約を成立させた」。
「被告Y2の行為は、原告の営業上の利益に反する競業行為であるというべきであり、誠実義務ないし競業避止義務に違反し、不法行為を構成するというべきである。」
「最終的な金額はさておき、原告が元請2社の契約相手となること自体の蓋然性は相当程度高かったというべきであり、被告Y2の行為によって原告が契約締結に至らなかったのであるから」、被告らの行為と原告が主張する損害との間には因果関係がないという主張は採用できない。
「被告らが実際に受注した金額は7092万3600円であったのであるから、被告Y2の不法行為がなければ、原告も、少なくとも同額程度で受注できたことが推認される」。
「原告は、本件工事について予定していた製造原価・販売管理費等の諸経費は合計3383万2284円であると主張」しており、「総合考慮すると、経費については、原告が主張する額の、最大で3割増し程度であったと考えられ」、「被告Y2の不法行為がなければ原告が得られたであろう利益については、2694万1631円(7092万3600円-[3383万2284円×1.3])であると認められる。」
3 判決のポイント
以下の点を考慮して競業避止義務違反に基づく損害賠償請求を認めている。
・被告Y2は、原告において、防犯カメラシステム事業の責任者であり、本件工事についても、原告に対して競業避止義務を負っていた。
・被告Y2は、自ら元請2社から下請業務の受注を得ることを意図して、元請2社と交渉を行うとともに、建設業の許可を有する被告会社をして下請契約の主体になることを依頼するなどして、元請2社と被告会社との下請契約を成立させた。
・原告が元請2社の契約相手となること自体の蓋然性は相当程度高かったというべきで、2694万1631円(売上―所経費)の損害賠償が認められる。
③東京地判平成15年4月25日(エープライ事件)ー損害賠償請求を肯定
1 事案の概要
被告を雇用していた原告が被告に対し、被告は、業務上の必要がないのに他社へ自社製品を送付するよう指示し、かつ、受注予定であった売買の買主を同業他社に紹介する等して原告に損害を与えたとして、雇用契約上の債務不履行(民法415条1項)又は不法行為(同法709条)に基づき損害賠償等を求めた事案である。
2 判旨
被告の行為について、「使用者の利益のために活動する義務がある被用者が、自己又は競業会社の利益を図る目的で、職務上知り得た使用者が顧客に提示した販売価格を競業会社に伝えるとともに、競業会社を顧客に紹介したり、競業会社が使用者の協力会社であるかのように装って競業会社に発注させたり、上司に競業会社がより安い価格で顧客と契約する可能性があることを報告しなかった行為であるから、雇用契約上の忠実義務に違反する行為であるとともに、原告の営業上の利益を侵害する違法な行為であるというべきである」とし、従業員に対して310万9600円等の損害賠償責任を認めました。
3 判決のポイント
自己又は競業会社の利益を図る目的で、以下の行為を行うことは、原告の営業上の利益を侵害する違法な行為で、損害賠償責任が認められる。
・職務上知り得た顧客に提示した販売価格を競業会社に伝えること
・競業会社を顧客に紹介すること
・競業会社が使用者の協力会社であるかのように装って競業会社に発注させること
・上司に競業会社がより安い価格で顧客と契約する可能性があることを報告しなかったこと
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【解決事例】退職した従業員による競業避止義務違反に対応した事例
注意点ー競業避止義務違反の責任追及
①競業避止義務が無効と判断される場合もあること
退職後の競業避止義務は、就業規則や誓約書(入社時又は退職時)において、特別に規定されている必要がありますが、規定されているとしても、従業員の職業選択の自由や営業の自由を保障するという観点から、無制限に認められるわけではありません。
つまり、退職後の競業避止義務は、会社の利益や従業員の不利益を考慮し、制限される期間・場所・職種の内容や代償措置の有無等を検討し、合理的な範囲内でしか認められません。合理的な範囲を超える競業避止義務は無効と判断されます。
競業避止義務違反に基づく責任追及が必要となるが、退職後の行為を問題と考える場合、退職後の競業避止義務が認められるかどうかを検討する必要があります。
競業避止義務の有効性のポイント
・守るべき会社の利益の有無及び内容
・従業員の地位や役職
・地域的な限定の有無及び内容
・競業避止義務の存続期間
・禁止される競業行為の範囲
・代償措置の有無及び内容
②雇用契約書、誓約書及び就業規則を整備すること
在職中の競業避止義務は雇用契約に基づく付随的な義務として一般的に認められますが、競業避止義務の内容を具体化するためにも、雇用契約書、誓約書及び就業規則で明記することが望ましいといえます。
また、退職後の競業避止義務は当然に認められるわけではなく、雇用契約書、誓約書及び就業規則で明記しておく必要があります。
雇用契約書、誓約書及び就業規則が存在しない場合、競業避止義務違反に基づく責任追及ができなくなる場合もあるため、注意する必要があります。
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誓約書の記載方法
1.私は、在職中及び貴社を退職後1年間は、以下の行為を行わないことを誓約します。
- 貴社と競合する事業を行う事業者に就職し又はその役員に就任すること
- 貴社と競合する事業を自ら営み又はその設立に関与すること
- 貴社の顧客(取引先や提携先を含みます。)に直接又は間接を問わず、取引を行うこと
2.私は、前項に違反する行為を行った場合、貴社に対して損害賠償責任を負うことに同意し、異議を述べません。
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③損害賠償請求以外の手段も検討できること
競業避止義務違反に対する対応策として、損害賠償を請求することができますが、損害賠償請求以外にも、以下の手段も検討できます。
特に、競業避止義務違反だけではなく、営業秘密の漏洩等が問題となっており、特に悪質な事案については刑事手続(告訴手続)も検討することが可能です。
・競業行為の差止請求
・競業行為差止めの仮処分
・懲戒処分(懲戒解雇を含む。)
・刑事手続(告訴手続)
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競業避止義務違反に対して弁護士が対応できること
従業員による競業避止義務違反があった場合、会社は、従業員に対して、競業避止義務違反をやめさせ、競業避止義務違反による損害の回復を目指す必要があります。
特に、会社の重要な資産や信用を守るためにも、競業避止義務違反に対して毅然とした対応が求められることがあります。
弁護士は、紛争・訴訟対応や労働法に精通しており、従業員による競業避止義務違反に対して、以下の対応が可能です。
①従業員に対する内容証明郵便(警告書)の送付
②従業員との裁判外交渉・和解交渉
③従業員に対する民事訴訟の提起
④刑事告訴(不正競争防止法違反がある場合)
⑤競業避止義務違反を根拠づける証拠の確保・整理のサポート
競業避止義務違反の対応については、弁護士法人かける法律事務所にご相談ください
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Last Updated on 2024年9月17日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 私は、日本で最も歴史のある渉外法律事務所(東京)で企業法務(紛争・訴訟、人事・労務、インターネット問題、著作権・商標権、パテントプール、独占禁止法・下請法、M&A、コンプライアンス)を中心に、弁護士として多様な経験を積んできました。その後、地元・関西に戻り、関西の企業をサポートすることによって、活気が満ち溢れる社会を作っていきたいという思いから、2016年、かける法律事務所(大阪・北浜)を設立しました。弁護士として15年の経験を踏まえ、また、かける法律事務所も6年目を迎え、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、関西の企業・経営者の立場に立って、社会の変化に対応し、お客様に価値のあるリーガルサービスの提供を目指します。
代表弁護士 細井大輔
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