固定残業代制度の明確区分性とは?企業が知っておくべきポイントについて、弁護士が解説します。

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固定残業代制度の明確区分性とは?企業が知っておくべきポイントについて、弁護士が解説します。

よくある相談

①固定残業代を導入していますが、従業員から残業代の支払を求められています。

②会社で固定残業代を導入したいです。

③就業規則に固定残業を記載すれば、固定残業代制度として有効ですか?

固定残業代制度とは?

固定残業代制度とは、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する各割増賃金(残業代)について、一定の金額(定額)をあらかじめ合意して残業代を支払う制度をいいます。みなし残業代制度ということもあります。

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固定残業代の種類

固定残業代の支払方法には、①定額手当制と②定額給制の2種類があるといわれます。

①定額手当制【いわゆる手当型】

基本給とは別に支払われる定額手当の支給による場合

②定額給制【いわゆる組込型】

基本給の中に通常の労働に対応する賃金と割増賃金とを併せて支払う基本給組込みの場合

固定残業代制度が否定された場合の問題点やリスク

労働基準法37条は、時間外労働、休日および深夜労働に比例して所定の割増率による一定額以上の割増賃金を支払うことを求めています。

ただ、固定残業代制度自体が労働基準法に直ちに違反するものではありません。このことは最判平成29年7月7日(医療法人社団康心会事件)や最判平成30年7月19日(日本ケミカル事件)でも確認されています。

もっとも、固定残業代制度の内容や運用状況によって、固定残業代制度の有効性が否定される場合もあるため、固定残業代制度が有効となる要件が問題となります。

仮に、「労働基準法37条の基準と異なる計算方式による固定残業代を従業員に対して支払っている」という会社側の主張が認められれば、当該支払金額は、割増賃金の基礎金額から除外される上、当該金額は弁済済みということになります。

これに対して、このような会社側の主張が認められなければ、固定残業代として支払った金額も割増賃金の基礎金額となり、また、割増賃金も支払っていないということになるため、結論に大きな差が生じます(二重の不利益で、いわゆるダブルパンチと呼ばれます。)。

つまり、固定残業代制度が否定されると、企業にとって、残業代請求との関係で大きなリスクとなり、高額な残業代請求が認められる可能性が生じます。

労働基準法37条1項

使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

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具体例(固定残業代制度の問題点やリスク)

固定残業代の支払方法のうち、②定額給制(組込型)について、具体例を挙げて固定残業代制度が問題となる場面を説明します。

(1)事案の設定

①従業員(原告)が、2023年1月から12月の1年間、毎月50時間ずつの時間外労働(残業)をしたと主張し、月額賃金30万円を基礎として割増賃金を請求している。

②会社(被告)は、「固定残業代制度をとっており、基本給30万円の中には、固定残業代5万円が含まれている。この固定残業代は定額の割増賃金手当であるから、既に残業代は一部支払済みである。」と主張している。

③1日の所定労働時間を8時間、所定休日が土日祝日等の119日、(したがって、所定労働日数は365日-119日=246日)、所定労働時間は、8時間×246日=年間1968時間、2023年度における1月平均所定労働時間数を1968時間÷12か月=164時間として計算する。

*深夜労働や休日労働はないものと仮定する。

(2)固定残業代が無効と判断される場合

従業員(原告)側からすると、月額賃金30万円すべてが割増賃金算定の基礎賃金となるので、30万円÷164時間=約1,829円が基礎単価となります。

この基礎単価(1,829円)に、時間外労働時間600時間(50時間×12か月)を乗じたものに2割5分割増した金額である137万1750円が、従業員(原告)の求める割増賃金となります。

1,829円 × 600時間 × 1.25(割増率) = 137万1750円

(3)固定残業代が有効と判断される場合

一方、会社(被告)側からすると、割増賃金計算の基礎金額から当該固定残業代5万円が除外されて計算されるうえ、毎月5万円は弁済しているという主張になります。

したがって、割増賃金の基礎単価は、25万円÷164時間=約1,524円となり、割増賃金の合計額は、114万3000円となります。

1,524円 × 600時間 × 1.25(割増率) = 114万3000円

さらに、固定残業代分の5万円×12か月=60万円は既に支払済みなので、支払うべき金額は54万3000円となります。

114万3000円 - 60万円 = 54万3000円

以上の具体例からわかるように、固定残業代制度が有効かどうかによって、会社側は、未払賃金として支払わなければならない金額に大きな差が生じることになります。

固定残業代制度が無効とされる場合:137万1750円

固定残業代制度が有効とされる場合: 54万3000円

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固定残業代制度の2つの有効要件(明確区分性と対価性)

固定残業代制度が有効となるためには、少なくとも、①明確区分性と②対価性の2つの要件が必要となります。このコラムでは、特に、明確区分性について説明します。

①明確区分性

通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分が明確に区分されていること

②対価性

固定残業代の支払が、雇用契約において時間外労働の対価としての性質を有していること

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固定残業代制度の有効要件ー明確区分性

最判平成29年7月7日(医療法人社団康心会事件)では、「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、同条の上記趣旨によれば、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要」としています。

同判決では、医師である従業員との関係で年俸制(年俸1700万円は①本給(月額86万円)、②諸手当(役付手当、職務手当及び調整手当の月額合計34万1000円等)、③賞与(本給3か月分相当額を基準として成績により勘案)により構成される)を導入した事案です。

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同判決では、「上告人と被上告人との間においては、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったというのである。そうすると、本件合意によっては、上告人に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり、上告人に支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。」として固定残業制度の有効性を否定しました。

つまり、定額給制【いわゆる組込型】を採用した場合、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分が明確に区分されている必要があります。これを明確区分性の要件といいます。

そのため、定額給制【いわゆる組込型】の場合、基本給に組み込まれるとされる割増賃金の金額も時間数も明確とされていない場合、固定残業代制度が否定される可能性が高くなります。固定残業代制度を導入する上では、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分を明確に区別して、支給するように注意しなければなりません。

この際、もちろん割増賃金部分の金額に加えて、時間数も明示する方が望ましいといえますが、割増賃金部分の金額が明示され、所定労働時間数が明らかであれば、明確区分性の要件を満たすと考えることも可能です。

少なくとも、定額給制【いわゆる組込型】の場合、基本給に占める割増賃金の金額を示すようには注意してください。

具体例(明確区分性が否定される場合)

①雇用契約書でも就業規則でも固定残業代の金額が一切記載されていない場合

②雇用契約書には固定残業代を含むと規定されているが、その金額も時間数もいずれも記載されていない場合

③給与規定には月10時間を超えない時間外労働に対する部分が基本給に含まれると記載されているものの、基本給のうち、割増賃金の金額が判断できない場合

まとめー明確区分性要件のポイント

①固定残業代制度が有効とされるためには、少なくとも通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分が明確に区分されている必要があります(明確区分性の要件)。

②少なくとも、定額給制【いわゆる組込型】の場合、基本給に占める割増賃金の金額を示すようには注意してください。

③歩合給や年俸制を導入し、固定残業代制度を導入する場合でも、明確区分性の要件を満たす必要があります。

弁護士による固定残業代制度に関するサポート内容

①従業員等の請求根拠に対する法的検討・法的精査

従業員/元従業員から残業代や未払い賃金が請求されたとしても、その請求が法的に正しいとは限りません。実際、従業員から法的根拠なく残業代を請求されるケースがよくあります。

そのため、法律の専門家である弁護士によって従業員等の請求根拠を法的な観点から緻密に精査することが必要となります。法的な根拠・理由を十分に精査することなく、安易に残業代や未払い賃金を支払ってしまうと、その情報が流布され、他の従業員から同様の請求がされてしまうケースもあります。

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②残業代や未払い賃金対応の代理交渉

従業員/元従業員から残業代や未払い賃金を請求されたとき、経営者や人事担当者の皆様が従業員等と交渉することは精神的・物理的な負担が大きく、また、従業員との過去のトラブル等から冷静に対応できないことも多々あります。また、従業員等が弁護士に依頼し、従業員側弁護士が交渉を求めてくることがあります。

このような場合、経営者や人事担当者の皆様が直接交渉を行うことは、得策ではない場合もあり、法律やトラブル・紛争の解決の専門家である弁護士に代理交渉を依頼する方がメリットが大きいといえます。

弁護士に代理交渉を依頼することによって、経営者や担当者の皆様の負担軽減につながるとともに、適切なタイミング・方法で解決することも可能となります。また、企業の主張・考えを法的枠組みで整理することによって、企業側の主張をより説得的に伝えることができます。

③労働審判や労働裁判の代理活動

労働審判や労働裁判では、裁判所が労働法や裁判例に従い判断するため、法的視点から、主張や証拠を準備して、適切なタイミングで提出する必要があります。この業務は、会社担当者のみで対応することが困難であるとともに、裁判業務に精通している弁護士が対応することが最も適切といえます。

④労働組合対応

多くの会社経営者や役員の方にとって、団体交渉を経験した人は少なく、また、団体交渉の準備・参加について、心理的にも物理的にも過度な負担がかかります。

そのため、紛争・訴訟や労働法に精通する弁護士に団体交渉対応を依頼することによって、経営者の皆様の負担を軽減し、団体交渉を有利に進め、労働問題の適切な解決を目指すことができます。

労働問題を深刻化させないためにも、団体交渉申入書を受け取ったら、早めに労働法の専門家である弁護士に相談することを検討ください。

弁護士によるサポート内容

・労働組合との窓口対応

・団体交渉申入書に対する回答書の作成

・団体交渉への立会・参加

・団体交渉の準備・資料作成サポート

・和解書(合意書)の作成

・団体交渉に向けたアドバイス

・不当労働行為の対応

⑤労働条件の整備(雇用契約書や就業規則の作成)

残業代や未払い賃金トラブルが起きないようにするためにも、労働条件を整備する必要があります。具体的には、企業のニーズや実情を把握して、雇用契約書や就業規則・給与規定を法的な観点・枠組みを踏まえて検討しなければなりません。

そのためにも、労働条件を記載している雇用契約書や就業規則・給与規定のリーガルチェックが必要であり、企業の持続的な成長のためには将来のリスク予防は重要です。

また、残業代や未払い賃金トラブルは、他の従業員にも波及してしまう可能性もあるため、そのトラブルの原因や問題点を早期に把握して、見直し・改善していくことが必要となります。

弁護士は、企業の立場で、労働条件の整備(雇用契約書や就業規則の作成)をサポートします。

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顧問契約では 問題社員(モンスター社員)対応、未払い賃金対応、懲戒処分対応、ハラスメント対応、団体交渉・労働組合対応、労働紛争対応(解雇・雇止め、残業代、ハラスメント等)、労働審判・労働裁判対応、雇用契約書・就業規則対応、知財労務・情報漏洩、等の労働問題対応を行います。

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Last Updated on 2024年8月21日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔

この記事の監修者

弁護士法人かける法律事務所 
代表弁護士 細井大輔

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