退職後の競業避止義務違反のよくあるトラブル
トラブル①
特定の従業員が退職し、競合会社へ転職したところ、数か月後に複数の従業員から退職の申出があり、同一の競合会社へ転職している。その結果、徐々にお客様が減少している。
トラブル②
会社で最も実績・信頼がある執行役員が突然退職し、退職後、競合する会社を設立し、同様の手法で営業を開始するとともに、会社の悪い噂を流している。
トラブル③
営業部長が退職し、競合他社へ転職したが、会社の顧客名簿やサービスマニュアルを利用して、営業活動を行っているという噂が流れている。
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競業避止義務とは?
競業避止義務とは、会社と競合する業務を行わない義務をいい、自ら競合事業を開始することのみならず、競業他社へ転職することも含みます。
従業員が在職中に競業避止義務を負うことは、当然認められていますが、従業員に対して、退職後にも競業避止義務を負わせるためには、就業規則や誓約書で特別に定めておくことが必要です。
競業避止義務に違反する場合、会社は、退職した従業員に対して、損害賠償を請求したり、退職金を不支給にしたりすることがあります。
退職従業員に対する競業避止義務は有効か?
退職後にも競業避止義務を負わせることは可能ですが、従業員の職業選択の自由との関係で、無制限に認められるものではありません。
以下の事情を考慮し、総合的に競業避止義務の有効性が判断されます。裁判例では、競業避止義務が無効とされるケースも散見されるため、有効な競合避止義務を規定する場合、合理的な内容となるように注意する必要があります。
①競業避止義務によって守るべき会社の利益の内容
②従業員の地位(競業避止義務の必要性)
③地域的な限定の有無
④競業避止義務の存続期間
⑤禁止される競合行為の範囲
⑥代償措置の有無
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競業避止義務を無効とした裁判例ー東京地判平成24年1月13日(アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件)
「一般に、労働者には職業選択の自由が保障されている(憲法22条1項)ことから、使用者と労働者の間に、労働者の退職後の競業についてこれを避止すべき義務を定める合意があったとしても、使用者の正当な利益の保護を目的とすること、労働者の退職前の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解される。そして、上記競業避止義務を定める合意が無効であれば、同義務を前提とする本件不支給条項も無効となる。」
「原告の退職前の地位は相当高度ではあったが、原告は長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場であるとはいえず、また、本件競業避止条項を定めた被告の目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず、競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分ではないのであり、その他の事情を考慮しても、本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから、公序良俗に反するものとして無効であるというべきである。」
競業避止義務違反を予防する方法
1 会社が本当に守りたい利益を確認し、競業避止義務の対象(地域、期間、範囲)を合理的に設定すること
退職従業員に対する競業避止義務は、一定の範囲で有効ですが、退職従業員の職業選択の自由との関係で無制限に認められるわけではありません。
会社が本当に守りたい利益を確認し、競業避止義務の対象(地域、期間、範囲)を合理的に設定しなければ、退職従業員も競業避止義務を不合理なものであると考え、強行に違反行為を行うこともあります。
まずは、競業避止義務の対象(地域、期間、範囲)が合理的に設定できているか、また、従業員の視点からも、納得感のあるものなのかどうかを検討する必要があります。
合理的な内容であれば、多くの退職従業員も競業避止義務を遵守することになりますし、違反した場合でも、すぐに対応できるため、効果的な抑止力があります。
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2 入社時誓約書の内容を説明し、就業規則を周知すること
就業規則で競業避止義務を定めていても、従業員がその内容を認識していなければ、競業避止義務違反を誘発することがあります。
そのため、入社時誓約書で退職後の競業避止義務の内容を確認するとともに、就業規則に規定する競業避止義務の内容を周知し、従業員に競業避止義務の内容を認識し、理解してもらうことが必要です。
従業員や退職従業員との間で円満な関係を構築するためにも、会社が本当に守りたい利益を確認し、合理的な内容で競業避止義務の内容を設定するとともに、従業員にも認識し、理解してもらう必要があります。
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3 退職時にも誓約書を取得し、退職時に競業避止義務の内容を確認すること
競業避止義務違反を予防するためには、退職時にも誓約書を取得し、あらためて競業避止義務の内容を確認することが有益です。
入社時誓約書や就業規則だけでは、競業避止義務の内容を従業員も理解していない可能性があり、競業避止義務違反を誘発する原因になります。
退職時誓約書に署名押印することを拒否する従業員もいますが、誓約書の趣旨や目的を丁寧に説明すれば、ほとんどの退職従業員は協力してくれます。将来的な紛争やトラブルを予防するためにも、退職時誓約書を従業員から取得することが望ましいといえます。
▼退社時・入社時の誓約書の雛形ダウンロードはこちらから▼
競業避止義務違反の対応方法
1 競業避止義務違反に加えて、他に違反行為がないかを検討する。
競業避止義務違反は、競業避止義務の範囲によっては、無効となる可能性もあるため、競業避止義務違反に加えて、他に違反行為がないかを検討しておくことが必要です。
例えば、退職に伴い、顧客名簿や業務マニュアルを持ち出す事例もあり、この場合、「営業秘密」を不正に取得・使用していることを理由に不正競争防止法違反に基づく損害賠償請求や差止請求に加えて、刑事告訴も検討することができます。
また、退職従業員が競合事業を開始するにあたり、会社の著作物(写真、画像、イラスト)等を無断に使用する事例もあり、この場合、著作権侵害を理由に不正競争防止法違反に基づく損害賠償請求や差止請求に加えて、刑事告訴も検討することができます。
さらに、退職従業員が競合事業を開始するにあたり、会社の従業員を引き抜く行為も違法とされるケースもあり、損害賠償請求を検討することもできます。
他の違反行為の具体例
①営業秘密の不正取得・使用(不正競争防止法違反)
②著作権侵害(著作権法違反)
③会社の信用を毀損したり、虚偽の事実を流布する行為(不正競争防止法違反)
④在職中の引抜行為(雇用契約に基づく誠実義務違反)
⑤社会的相当性を逸脱する引抜行為(不法行為)
⑥不当な顧客奪取(不法行為)
引抜行為が違法と判断された裁判例ー東京地判令和3年6月4日
「従業員が、その在職中に、同僚の従業員等に対して自らが転職する同業他社に転職するよう勧誘を行ったとしても、それをもって直ちに違法な引抜行為であるということはできないが、当該行為が単なる転職の勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、退職後の行為を含め、不法行為を構成するというべきである。そして、当該行為が、社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かの判断においては、勧誘の方法・態様、引抜きをした従業員の地位や数、従業員の転職が会社に及ぼした影響等の事情を総合的に考慮するのが相当である。」
「被告Y6は、被告●●に転職し、原告と競業するラベラーの製造販売や原告製品のアフターサービスの事業に従事することを企図し、同僚の従業員に転職を勧誘したにとどまらず、同事業を成功させるため、その転職に当たり、同事業に使用するため、原告の営業秘密を含む営業上のデータを持ち出すよう指示しているのであるから、その勧誘の方法・態様が、著しく背信的であり、社会的相当性を逸脱していたといわざるを得ない。
そして、原告従業員の勧誘の範囲も、管理職員を含め、営業、製造及び設計の各部門の相当数にわたり、実際に設計部次長を含む6名が被告●●に転職しており、それらの原告の元従業員が、原告の営業秘密である本件データを原告の競業事業に使用し得るに至っていたことも考慮すれば、被告Y6による引抜き行為が原告に及ぼす影響も重大なものであったと評価するのが相当である。
そうすると、被告Y6が、原告の従業員に転職を勧誘し、被告Y7、被告Y8、被告Y9、被告Y10、被告Y11及び被告Y13を転職させたことは、原告に対する不法行為を構成するというべきである。」
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2 退職従業員に対して請求する内容を検討する。
競業避止義務違反がある場合、損害賠償を請求することができますが、損害賠償請求だけでは、十分な損害が補填されません。裁判によって損害が認められる範囲は、相当な因果関係がある損害に限られ、また、損害賠償を請求する側が主張立証責任を負うため、会社が要望する全額が認められるわけではありません。
そのため、会社が本当に守りたい利益を確保するためには、損害賠償請求以外に請求したい内容を検討する必要があります。特に、損害賠償請求のみにこだわる場合、民事裁判に発展する可能性もあり、労力・費用の観点から過大な負担となってしまうこともあります。
そのため、話し合いによる解決も視野に入れて、請求する内容(競業事業を行う条件等)を検討し、会社が本当に守りたい利益を確保することが大切です。
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3 退職従業員との間で競業避止義務違反の解消に向けて合意する。
退職従業員が競業避止義務違反を行う場合、会社としては、もちろん許すことができないと考えることは当然です。
もっとも、退職従業員にも職業選択の自由があるため、無条件に競業避止義務が認められるわけではありません。また、退職従業員が、将来的に会社にとって重要なパートナーになるケースもあるため、不必要に対立関係になる必要はありません。
そのため、会社としては、会社が本当に守りたい利益を冷静に分析し、退職従業員との間で競業避止義務違反の解消に向けて、友好的かつ平穏的に合意する選択肢も検討するべきです。
弁護士による競業避止義務違反の予防・対応の具体例
①退職従業員に対する警告書(内容証明郵便)の送付
②退職従業員との代理交渉
③退職従業員に対する民事裁判(損害賠償請求)
④入社時・退職時の誓約書や就業規則のリーガルチェック
⑤刑事告訴の代理手続(不正競争防止法違反、著作権法違反)
競業避止義務違反に対する対応は弁護士にご相談ください
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Last Updated on 2024年9月30日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 私は、日本で最も歴史のある渉外法律事務所(東京)で企業法務(紛争・訴訟、人事・労務、インターネット問題、著作権・商標権、パテントプール、独占禁止法・下請法、M&A、コンプライアンス)を中心に、弁護士として多様な経験を積んできました。その後、地元・関西に戻り、関西の企業をサポートすることによって、活気が満ち溢れる社会を作っていきたいという思いから、2016年、かける法律事務所(大阪・北浜)を設立しました。弁護士として15年の経験を踏まえ、また、かける法律事務所も6年目を迎え、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、関西の企業・経営者の立場に立って、社会の変化に対応し、お客様に価値のあるリーガルサービスの提供を目指します。
代表弁護士 細井大輔
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