よくある相談
①不適切な行為があって、長年勤務していた従業員が退職することになりましたが、退職金を支払う必要がありますか?
②懲戒解雇する予定ですが、退職金を支払う必要がありますか?
③懲戒事由があるため、退職金を支払わない場合、労働トラブルに発展しますか?
事案の概要
元教育職員かつ元役員である原告が、被告(学校法人)に対し、①労働契約に基づき教育職員としての退職金1590万6000円とともに、②役員としての退職金373万4000円を求めた事案である。
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事実関係の概要
平成9年4月 原告は被告と労働契約を締結し、主任教授として被告の業務に従事する。
平成14年7月~平成25年6月 被告の理事
平成17年8月~平成24年8月 大学病院の副院長、大学の副学長、大学の図書館長
平成26年7月以降 被告の学長に就任
平成27年3月31日 教育職員としては定年退職
平成30年7月4日 東京地方検察庁特別捜査部は当時の文部科学省の局長を受託収賄罪で逮捕した(贈収賄事件)。報道機関は、その贈賄者が被告の理事長及び被告の学長である原告である旨報道した。
平成30年7月5日 内部調査委員会の設置
平成30年7月6日 原告が被告の学長を辞任
平成30年7月24日 原告は贈収賄事件に関し、本件大学の平成30年度入試においてC氏の息子の点数の加算をした上、合格者の地位を付与し、C氏の職務に関し賄賂を供与したとして起訴された。
平成30年8月28日 第三者委員会の設置
令和4年7月20日 原告は、平成30年度医学部医学科一般入試においてC氏の息子の点数を加算した上、合格者の地位を付与して賄賂を供与したとして、東京地方裁判所から懲役1年、執行猶予2年の有罪判決を受けた。
*大学では、教育職員として定年退職した後に、役員として勤務を継続している場合、役員を退任した時点で役員としての退職金と同時に教職員退職金が一括して支払われる運用が行われていた。
不適切な行為内容
平成18年から平成30年度までの大学入学試験において、受験者の属性(性別や高校卒業年からの経過年数等)に応じて得点を調整する(属性調整)や特定の受験生の入試成績の点数を書き換える(個別調整)といった不適切な行為(本件得点調整)が行われていた。
→本判決は、原告は、平成27年度から平成30年度の入試において、個別調整や属性調整を行っており、本件得点調整に伴い、大学を受験する子息がいる縁故者から総額300万円程度の謝礼を受領したと認定している。
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判旨のポイント①ー労働契約に基づき教育職員としての退職金請求を肯定
「被告における教職員退職金は、本俸に勤続年数に応じた支給率を乗じて算出され、退職事由により支給率の差異が設けられ、勤続年数に応じて支給率が上昇するものである(書証略)ことからすれば、賃金の後払的性格と功労報酬的性格を有するものといえる。
このように被告における教職員退職金が賃金の後払的性格を有することからすれば、仮に、懲戒に類する事由があり退職した教育職員に退職金規程7条を類推適用する余地があるとしても、その退職金を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があることが必要であると解される。」
「原告は18年間被告に教育職員として勤務し、その間被告の病院の副院長を務めるなどしており、教育職員としての非違行為はなかったこと、教職員退職金は、退職金規程に基づけば平成27年4月末までには支払われていたはずのものであること、教育職員兼学長時に原告が行った本件得点調整は理事である学長の職務に関して行われたものであることが認められる。」
「教職員退職金の性格に加え、原告が18年間被告の教育職員として勤務し、かつその間に重要な役職を務め、教育職員としての非違行為はなかったこと、本件得点調整は学長の職務に関して行われたものであることからすれば、原告による本件得点調整が公正な入試を阻害し不適切な行為であることは間違いないものの、それが教育職員としての18年もの長期にわたる勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為であるとは認められない。」
判旨のポイント②ー役員としての退職金請求を否定
「原告が本件大学の学長に就任する契約は、学長職務という法律行為ではない事務の委託として準委任契約であると解すべきであり」、「原告について、寄附行為又は理事会の決議によって退職金の金額が定められなければ具体的な役員退職金請求権は発生せず、原告が被告に対して役員退職金を請求することはできないというべきである。」
「被告の寄附行為には役員退職金についての定めがなく、また原告に対し役員退職金を支給する旨の被告の理事会の決定はなく、むしろ支給しない旨理事会で決定されていることが認められる」。
「理事である学長として、本件得点調整に関わり、被告に重大な損害等が生じたことなどを考慮すれば、役員退職金を支払わないとした被告の判断も不合理なものではない」。
退職金請求の可否と不正行為
実務上は、就業規則等において、退職金の定めがある場合でも、懲戒解雇等の一定の事由がある場合には、退職金を不支給又は減額支給とするという退職金不支給・減額条項が規定されていることが一般的です。
もっとも、退職金が功労報酬に加えて、賃金の後払いとしての性格を有し、労働基準法上の賃金に該当すると解釈されていることから、退職金を不支給又は減額支給できる場合は、労働者の勤続の功を抹消又は減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られるとされています。多くの裁判例でも、このように解釈されています。
懲戒処分(懲戒解雇を含む。)の可否≠退職の不支給・減額
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本判決から考える実務的な注意点やポイント
①就業規則等に規定された退職金を不支給とするためには、労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があることが必要です。
②退職金不支給とするための著しく信義に反する行為といえるためには、原則として、労働契約期間中の労働者としての行為であることが必要といえます。労働契約終了後の行為や労働者としての行為ではない場合、退職金を不支給又は減額支給とすることについては慎重に判断する必要があります。
③労働契約に基づく退職金ではなく、委任契約に基づく役員退職金では、理事会等の決議がない場合、役員退職金を請求できないとともに、役員退職金の不支給決議については、比較的、会社に裁量の余地があります。
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Last Updated on 2024年12月12日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 私は、日本で最も歴史のある渉外法律事務所(東京)で企業法務(紛争・訴訟、人事・労務、インターネット問題、著作権・商標権、パテントプール、独占禁止法・下請法、M&A、コンプライアンス)を中心に、弁護士として多様な経験を積んできました。その後、地元・関西に戻り、関西の企業をサポートすることによって、活気が満ち溢れる社会を作っていきたいという思いから、2016年、かける法律事務所(大阪・北浜)を設立しました。弁護士として15年の経験を踏まえ、また、かける法律事務所も6年目を迎え、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、関西の企業・経営者の立場に立って、社会の変化に対応し、お客様に価値のあるリーガルサービスの提供を目指します。
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