横領を理由に従業員を解雇できますか?~架空取引を理由とする懲戒解雇を肯定した大阪地方裁判所令和6年6月21日を弁護士が解説します~
よくある相談
①従業員による会社の経費横領が発覚したのですが、解雇できますか?
②従業員による不正行為が発覚しましたが、懲戒処分の種類に悩んでいます。
③横領行為を理由に従業員を懲戒解雇したところ、解雇が無効であるという訴状が届きました。
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事案の概要-大阪地判令和6年6月21日(以下「本判決」という。)
被告(会社)が原告(従業員)に対して、不正受注による金品窃取等(架空取引)を理由に、懲戒解雇を行ったところ、原告から当該懲戒解雇は無効であると主張された事案である。
被告(会社)が主張する不正行為(懲戒理由)-架空発注/架空取引
原告(従業員)が、被告の取引先である担当者(C)と共謀し、商品の売買について、取引先担当者に対する架空の発注書を作成し、各商品が納入されていないにもかかわらず、Cから納品書の発行を受け、被告に各商品の代金相当額を支払わせた。その金額は、本件懲戒解雇時に判明していたものだけでも、合計8216万9400円(消費税込)であった。
本判決の判旨-懲戒解雇を有効と判断
「原告は、平成29年12月頃以降約3年間にわたり、被告名義でその業務に必要のない商品を発注し、被告にその代金相当額合計8247万4932円を支払わせて同額の損害を与えるとともに、Cから金コイルを受領し、換金し、少なくとも合計5554万7386円の利益を得た」
「原告の上記行為は、本件就業規則84条9号の「故意または重大な過失、あるいは業務上の怠慢により会社に損害を与えたとき」及び同条1号の「66条に定める従業員の基本義務(業務に関連し、不当な金品または利益を受けないこと(同条2項5号))に違反したとき」に該当する。」
「原告の上記行為は、職務上の不正行為であり、長期間にわたって多数回繰り返され、被告に与えた損害額は8000万円を超える莫大なものであり、自らも多額の利益を得たものであるから、教育・指導による改善の機会を与える余地のない非常に重大なもの」である。
「加えて、原告には、出勤停止及び譴責の懲戒処分歴があること」によれば、「本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるから、有効と認めるのが相当である。」また、「原告の帰責性が認められるから、即時解雇をした点についても有効と認めるのが相当である。」
*原告は、「原告が、平成29年12月頃以降約3年間にわたり、当時の勤務先である被告のために研究開発資材の発注業務等を適切に行う任務を有していたのに、業務上必要のない金コイル等を発注してこれを換金処分した対価を自己の用途に充てようなどと考え、その任務に背き、合計48回にわたり、被告名義でその業務上必要のない金コイル等を発注してこれらを受領し、合計32回にわたり、被告に同金コイル等の代金相当額合計8247万4932円を支払わせるなどして、同額の財産上の損害を与えた」という公訴事実で背任罪で起訴され、懲役4年に処する判決が言い渡されている。
懲戒解雇の有効要件
懲戒解雇を行うためには、まず①就業規則の根拠規定が存在し、従業員の問題行為が就業規則上の懲戒事由に該当することが必要です。
そして、②従業員の問題行為が就業規則上の懲戒事由に該当するとしても、問題行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、懲戒権を濫用したものとして、懲戒解雇は無効となります(労働契約法15条)。
懲戒解雇は懲戒として最も重い処分であり、被処分者の再就職の障害にもなるので、懲戒解雇権の濫用が認められると、懲戒解雇は無効となります。また、懲戒解雇は、手続的な相当性(弁明の機会の付与)を欠く場合にも、社会通念上相当なものと認められず、懲戒権の濫用として無効になることもあります。
労働契約法15条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
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本判決から考える実務的な注意点やポイント
①懲戒解雇時に、懲戒事由を基礎づける証拠を収集している必要があること
そもそも懲戒解雇を行うためには、従業員の問題行為が懲戒事由に該当する必要があります。
本判決では、原告(従業員)は懲戒事由(不正行為)を行っていないと反論していますが、裁判所は、原告が刑事手続において有罪判決を受けていること等を理由に原告の懲戒事由(不正行為)を認定しています。
従業員から、懲戒事由の存在を否定される場合に備え、懲戒事由を基礎づける客観的な証拠を事前に収集しておく必要があります。
もちろん、会社として不正行為を確信している場合でも、従業員から、不正行為の存在や内容が否認されることも想定して準備しておく必要があります。もし従業員が不正行為の存在や内容を否認すると、会社が不正行為の内容について主張、立証する責任があります。
②総合的な事情を考慮して問題行為に対する懲戒処分の可否や種類を判断する必要があること
従業員の問題行為に対して懲戒処分を行う際には、事実関係を確認し、行為態様の悪質性はもちろん、従業員の過去の懲戒歴や処分歴も総合的に考慮し、懲戒処分の内容を決定する必要があります。
本判決では、懲戒解雇の有効性判断に当たって、原告(従業員)の行為態様の悪質性(刑事手続における有罪判決)に加え、過去の処分歴も考慮要素にしています。
懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分であり、懲戒権の濫用と判断されるリスクがあるので、当該処分の選択について慎重に判断する必要があります。
③従業員に対する弁明の機会を付与すること
懲戒解雇は、従業員に対する不利益の大きさに照らして、原則として弁明の機会を与えることが必要であり、弁明の機会を与えずに行った懲戒解雇は無効と判断される可能性があります。
本判決では、原告(従業員)の問題行為が極めて悪質であり、原告の帰責性を理由として、即時解雇を有効と判断していますが、手続的な相当性を欠くことを理由に、懲戒解雇が無効とされた裁判例もあるので、注意が必要です。
懲戒事由の内容が悪質であったり、重大であっても、原則として従業員に対する弁明の機会は付与すべきです。
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