最新判例から学ぶ裁量労働制の実務対応―高松高裁令和8年7月7日判決が示した導入・運用のポイント―

よくある相談例
- 自社の業務に裁量労働制を導入することはできますか。
- 専門業務型裁量労働制を導入していますが、現在の制度設計や運用方法に問題はありませんか。
- 高松高裁令和8年7月7日判決を踏まえ、労使協定、就業規則、過半数代表者の選出手続などを見直す必要はありますか。
はじめに
近年、柔軟な働き方への関心の高まりを背景に、裁量労働制の導入や見直しを検討する企業が増えています。もっとも、裁量労働制は、対象業務や導入手続、制度導入後の運用について厳格な法的要件が設けられており、制度設計や運用を誤ると、裁量労働制の適用が否定され、未払残業代請求や労働基準監督署による是正指導などの労務リスクにつながるおそれがあります。
このような中、令和8年7月7日、高松高等裁判所は、専門業務型裁量労働制の適用を否定する重要な判決を言い渡しました。本判決では、過半数代表者の選出手続には「高い民主性」が求められることや、労使協定だけでなく就業規則の内容まで厳格に審査されることが示され、裁量労働制を導入・運用する企業にとって重要な判断が示されています。
本件は大学教員を対象とした事案ですが、その判断内容は大学に限られるものではありません。専門業務型裁量労働制を導入している企業はもちろん、今後導入を検討している企業にとっても、制度設計や運用を見直す上で参考となる判決といえます。
本コラムでは、裁量労働制の基本的な仕組みを確認した上で、高松高裁判決の内容と企業実務への影響を解説するとともに、企業が見直すべきポイントについて分かりやすくご紹介します。
裁量労働制とは
(1)裁量労働制の概要
裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行方法や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある場合に、実際の労働時間ではなく、あらかじめ定めた時間(みなし労働時間)を労働したものとみなす制度です。
例えば、みなし労働時間を1日8時間と定めた場合、実際の労働時間が7時間でも9時間でも、原則として8時間労働したものとして取り扱われます。この点が、実際の労働時間に応じて賃金を支払う通常の労働時間制度との大きな違いです。
もっとも、裁量労働制は「労働時間を管理しなくてもよい制度」ではありません。みなし労働時間が法定労働時間を超える場合には時間外割増賃金が必要となるほか、休日労働や深夜労働についても別途割増賃金が発生します。また、企業には労働時間の状況を適切に把握するとともに、労働者の健康・福祉を確保するための措置を講じることが求められています。
(2)専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の違い
裁量労働制には、「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2つの類型があります。
専門業務型裁量労働制は、研究開発、システム設計、デザイン、記事の取材・編集など、業務の性質上、その遂行方法や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある専門的な業務を対象とする制度です。対象業務は法令で限定されており、現在は20業務が対象とされています。
一方、企画業務型裁量労働制は、本社や本店などにおいて、事業運営に関する企画・立案・調査・分析を担当する労働者を対象とする制度です。専門業務型裁量労働制に比べて導入手続が厳格であり、労使委員会の設置や決議などが必要となります。
いずれの制度も、対象業務に該当するだけで適用できるものではありません。実際に、業務の進め方や時間配分について労働者に十分な裁量が認められていることが前提となります。会社が具体的な業務の進め方や時間配分を細かく指示している場合には、裁量労働制の適用が否定される可能性があります。
(3)導入には厳格な要件と適切な運用が求められる
裁量労働制は、柔軟な働き方を実現できる制度である一方、その導入には厳格な法的要件が設けられています。
例えば、専門業務型裁量労働制では、過半数労働組合又は過半数代表者との労使協定の締結、労働基準監督署への届出、労働者本人の同意取得などが必要となります。また、企画業務型裁量労働制では、労使委員会の設置・決議など、さらに厳格な手続が求められます。
さらに重要なのは、これらの手続を満たすだけでは十分ではないという点です。制度導入後も、対象業務に該当する業務が行われているか、労働者に実際の裁量が認められているか、健康・福祉確保措置が適切に実施されているかなど、制度の趣旨に沿った運用を継続する必要があります。
今回ご紹介する高松高裁判決でも、制度導入時の手続や就業規則の内容が重要な争点となりました。裁量労働制を導入している企業や導入を検討している企業は、「導入できるか」という視点だけでなく、「自社で適法かつ適切に運用できているか」という視点から制度を見直すことが重要です。
高松高裁判決の概要
(1)事案の概要
本件は、大学の法学部教授であった原告らが、大学が導入した専門業務型裁量労働制は適法に導入されておらず、裁量労働制による労働時間のみなしの効果は生じないとして、大学に対し、未払賃金及び付加金の支払いを求めた事案です。
大学側は、専門業務型裁量労働制に関する労使協定を締結し、就業規則も改正していたことから、同制度は適法に導入されていると主張しました。
これに対し、原告らは、過半数代表者の選出手続、労使協定の有効性、就業規則の内容などに問題があり、専門業務型裁量労働制による労働時間のみなしの効果は生じないと主張しました。
(2)判決の骨子(結論)
第一審の松山地方裁判所は、専門業務型裁量労働制による労働時間のみなしの効果を否定し、原告らの未払賃金等の請求を一部認容しました。
これに対して控訴が提起されましたが、高松高等裁判所は第一審の判断を維持しました。
裁判所は、過半数代表者の選出手続が適法であるとは認められず、その代表者が締結した専門業務型裁量労働制に関する労使協定は無効であると判断しました。
さらに、仮に労使協定が有効であったとしても、本件の就業規則には労働時間をみなす旨の規定が設けられていなかったことから、個々の労働者との間で労働時間のみなしの効果は発生しないと判断しました。
その結果、本件では専門業務型裁量労働制による労働時間のみなしは認められず、大学側の主張は退けられました。
(3)判決のポイント
① 過半数代表者の選出手続には「高い民主性」が求められる
裁判所は、過半数代表者が締結する労使協定には、36協定をはじめ、専門業務型裁量労働制に関する労使協定など様々なものがあり、その内容に応じて、過半数代表者の選出手続に求められる民主性の程度も異なるとの考え方を示しました。
その上で、専門業務型裁量労働制は、労働者の主体的な働き方を可能にし、その能力の発揮を促進することを目的とする制度であり、現行法でも労働者本人の同意が必要とされていることから、労働者の意思を十分に反映した手続が必要であると判断しました。
裁判所は、次のように判示しています。
「専門業務型裁量労働制に関する労使協定には、労働者の個別的な意思を反映させる必要性が高いから、その労使協定の締結に当たって労働者の団体的な意思を決定する過半数代表者の選出手続にも、高い民主性が要求されると解するのが相当である。」
この判断を前提として、裁判所は平成29年度及び平成30年度の選出手続を検討しました。
平成29年度については、立候補者が1名の場合でも最低投票率の定めがなく、極端な場合には1票の信任票だけで過半数代表者に選出され得る制度となっていたこと、不投票を支持の意思と評価することはできないことなどから、
「労働者の過半数による支持が明確になるものとはいい難い」
と判示し、過半数代表者の選出手続は不適法・無効であり、その代表者が締結した労使協定も無効であると判断しました。
また、平成30年度については、本来5名で構成されるべき選挙管理委員会が4名で設置されるなど、選出規程に反する手続が行われていました。
大学側は、実質的には民主性や公正中立性は確保されていたと主張しましたが、裁判所は、高い民主性が求められる以上、あらかじめ定められた手続自体が遵守されていない場合に、実質的な民主性を理由として適法と評価することはできないとして、平成30年度の選出手続についても不適法・無効と判断しました。
② 労使協定だけでは足りず、就業規則にも労働時間のみなし規定が必要
裁判所は、専門業務型裁量労働制に関する労使協定は、制度の導入を労働基準法上適法とする効果を有するにすぎず、それだけで個々の労働者との間に労働時間のみなしの効果が生じるものではないとの考え方を示しました。
裁判所は、次のように判示しています。
「専門業務型裁量労働制に関する労使協定は、その制度の導入を労働基準法上適法とする効果を有するにすぎない。したがって、個々の労働者との間の労働契約において、労働時間の擬制の効果を発生させるためには、労働契約の内容を定める就業規則等において、労働時間を擬制する旨の規定を設ける必要がある。」
さらに、裁判所は、就業規則等には少なくとも、
「専門業務型裁量労働制の適用を受ける労働者が所定労働日に勤務した場合には、実際の労働時間にかかわらず、労使協定により定められた時間労働したものとみなす。」
との内容の規定が必要であると判示しました。
本件では、就業規則には「労使協定を締結し、専門業務型裁量労働制を適用する」との規定は設けられていたものの、労働時間をみなす旨は明確に定められていませんでした。
そのため、裁判所は、仮に過半数代表者の選出手続が適法であり、労使協定が有効であったとしても、個々の労働者との間で労働時間のみなしの効果は発生しないと判断しました。
高松高裁判決から企業が学ぶ3つのポイント
ポイント ①過半数代表者の選出手続を改めて確認する
専門業務型裁量労働制を導入している企業が、まず確認すべきなのは、過半数代表者の選出手続です。
本判決では、専門業務型裁量労働制に関する労使協定を締結する過半数代表者については、労働者の意思が適切に反映される、より慎重な選出手続が求められることが示されました。
企業によっては、36協定を締結する場合と同様の方法で過半数代表者を選出しているケースもあります。しかし、専門業務型裁量労働制については、現行法でも労働者本人の同意が必要とされるなど、労働者の意思をより重視する制度となっています。そのため、過半数代表者の選出手続についても、制度の趣旨に沿った適切な運用が求められます。
そのため、裁量労働制を導入している企業は、過半数代表者の選出方法について、労働者の意思が適切に反映される手続となっているか、また、あらかじめ定めた選出方法が適切に実施されているかを改めて確認することが重要です。
過半数代表者の選出手続に問題がある場合、その代表者が締結した労使協定の有効性まで否定されるおそれがあります。選出結果だけでなく、選出に至る手続全体を見直しておくことが重要です。
ポイント ②労使協定だけでなく、就業規則等の内容も確認する
裁量労働制を導入している企業では、「労使協定を締結しているから問題ない」と考えられがちです。
しかし、本判決では、労使協定だけでなく、就業規則等の内容についても適法性が判断されることが示されました。
そのため、裁量労働制を導入している企業は、労使協定だけでなく、就業規則等に裁量労働制に関する必要な規定が適切に整備されているかを確認することが重要です。
また、就業規則だけでなく、雇用契約書や労働条件通知書などとの整合性についても確認し、制度全体として矛盾のない内容となっているかを点検しておくことが望まれます。
ポイント ③制度設計だけでなく、運用状況も継続的に見直す
裁量労働制は、導入時に必要な手続や書類を整備すれば終わりという制度ではありません。
専門業務型裁量労働制では、対象業務が法令で定められた業務に該当していることに加え、実際の業務において、業務の遂行方法や時間配分について労働者に裁量が認められていることが必要です。
また、裁量労働制を導入している場合でも、使用者には労働時間の状況を適切に把握し、健康・福祉確保措置を継続的に講じることが求められます。
さらに、法改正や裁判例によって求められる対応は変化します。制度導入時には適法であっても、その後の法改正や運用実態の変化によって見直しが必要となる場合もあります。
企業としては、対象業務の範囲、業務の実態、労働時間の把握方法、健康・福祉確保措置などについて定期的に点検し、制度設計だけでなく、実際の運用状況についても継続的に見直していくことが重要です。
企業が確認したいチェックポイント
裁量労働制は、一度導入すれば終わりではありません。法改正や裁判例を踏まえ、制度設計や運用状況を定期的に見直すことが重要です。
次の項目について、一度、自社の運用状況を確認してみましょう。
- 対象業務は、法令で定められた専門業務型裁量労働制の対象業務に該当していますか。
- 過半数代表者は、労働者の意思が適切に反映される方法で選出されていますか。
- 労使協定や就業規則は、法令や最新の裁判例を踏まえた内容になっていますか。
- 労働者本人への制度説明や同意取得など、法令上必要な手続を適切に実施していますか。
- 実際の業務において、業務の進め方や時間配分について、労働者に十分な裁量が認められていますか。
- 労働時間の状況を適切に把握し、健康・福祉確保措置を継続的に実施していますか。
一つでも不安な項目がある場合には、裁量労働制の導入手続や運用方法を見直すことをおすすめします。制度の不備や運用上の問題は、未払賃金請求や労働基準監督署への対応など、大きな労務リスクにつながる可能性があります。
かける法律事務所のサポート
裁量労働制は、導入要件を満たしているかだけでなく、過半数代表者の選出手続、労使協定や就業規則の整備、制度導入後の運用まで含めて適法性が判断されます。今回の高松高裁判決でも、制度そのものではなく、導入手続や就業規則の内容が厳しく審査されました。
弁護士法人かける法律事務所では、裁量労働制について、次のような実務支援を行っています。
- 裁量労働制を導入できるかどうかの法的判断
- 専門業務型・企画業務型の対象業務該当性の検討
- 労使協定、就業規則等の作成・見直し
- 過半数代表者の選出手続の適法性チェック
- 労働者への制度説明や同意取得手続に関するアドバイス
- 健康・福祉確保措置や労働時間把握体制の整備
- 労働基準監督署の調査・是正勧告への対応
- 裁量労働制をめぐる未払残業代請求、労働審判・訴訟への対応
裁量労働制の導入をご検討中の企業はもちろん、現在運用している制度について、法改正や最新の裁判例を踏まえて見直したい企業も、お気軽に弁護士法人かける法律事務所までご相談ください。
まとめ
高松高裁令和8年7月7日判決は、専門業務型裁量労働制について、過半数代表者の選出手続には「高い民主性」が求められることや、労使協定だけでなく就業規則の内容についても適法性が厳格に審査されることを明らかにしました。
また、令和6年4月の法改正では、労働者本人の同意取得や健康・福祉確保措置の充実などが求められるようになり、裁量労働制を適法に導入・運用するために企業が確認すべき事項は、これまで以上に増えています。
裁量労働制は、「導入できるか」だけでなく、「適法かつ適切に運用できているか」という視点が重要です。導入時には適法であっても、その後の法改正や裁判例、運用実態の変化によって見直しが必要となる場合もあります。
弁護士法人かける法律事務所では、裁量労働制の導入支援をはじめ、対象業務の該当性の検討、労使協定・就業規則の作成・見直し、運用状況の点検、労働基準監督署への対応、未払残業代請求をはじめとする労務トラブルへの対応まで、企業の実情に応じたリーガルサポートを提供しています。
裁量労働制の導入をご検討中の企業はもちろん、現在の運用方法に不安がある企業や、法改正・最新の裁判例を踏まえて制度を見直したい企業も、お気軽に弁護士法人かける法律事務所までご相談ください。
*本コラムは、2026年7月末時点で公表されている情報に基づいて作成しています。高松高裁令和8年7月7日判決は控訴審の判断であり、今後、上告等により最高裁判所の判断が示された場合には、その結論や判断内容が変更される可能性があります。実際の対応に当たっては、最新の法令及び裁判例をご確認ください。
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