よくある相談
①配転命令に従わない従業員を解雇することはできますか?
②配転命令の注意点やリスクを知りたい。
③配転命令を拒否する従業員に対して懲戒処分を行いたい。
事案の概要
被告が原告に対し、配転命令拒否を理由に解雇する旨の意思表示をしたところ、原告は、当該配転命令及び解雇はいずれも無効であると主張し、雇用契約上の地位の確認及び原告がb本社で勤務する義務がないことの確認を求めた事案である。
事実関係の概要
令和3年6月8日 原告・被告間で雇用契約(本件雇用契約)の成立
所 属 研究開発部
勤務地 dオフィス(dサテライトオフィス・ラボ)
試用期間 入社日より6か月間
令和3年7月12日 原告は被告に入社し、被告のdオフィスで勤務を開始
令和4年1月11日 試用期間の満了予定日
令和4年1月24日 被告は、原告に対し、①令和4年9月30日まで試用期間を延長する通知を行うとともに(本件試用期間延長措置)、②令和4年4月1日までにb本社へ転勤することを命じた(本件配転命令)。
本件配転命令等の理由
原告には同僚との協調性、上司に対する言動、クライアントに対する週報作成業務の責任感、業務のスケジュール管理に問題があり、業務遂行能力及びチームマネジメント能力の見極めができなかったため、b本社においてこれらの能力の有無を見極めたい
令和4年1月27日 原告がE部長に対し、F課長代理によるパワハラがあったこと等を理由に本件配転命令は保留にしてもらいたい旨のメールを送信
令和4年2月24日 被告は、倫理委員会を開催し、F課長代理によるハラスメントがないという結論に達したため、原告に、その旨を通知した。
令和4年3月28日 原告がb本社における就労義務を負わない旨の地位を仮に定めることを求める地位保全の仮処分を申立て
令和4年3月29日 原告が被告に対し、b本社への転勤を中止し、4月1日以降も引き続きdオフィスで勤務する旨を伝えるメールを送信
令和4年3月30日 被告が原告に対し、令和4年4月30日付けで普通解雇する旨の解雇予告通知書を交付(本件解雇)
判旨のポイント①ー本件配転命令が有効
(配転命令の有効性の判断基準)
「本件雇用契約には、勤務地を限定する旨の特約はなく、就業規則9条が定めるとおり、被告は、業務の都合により、従業員に職場の配置転換を命ずることができたものである。このような配転命令が無効となるのは、使用者の配転命令が、その裁量権を逸脱し、権利濫用となる場合であるところ、配転命令が権利濫用となるのは、配転命令について業務上の必要性が存しない場合又はその必要性が存する場合であっても、他の不当な目的・動機をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときに限られるというべきである」
(業務上の必要性について)
「雇用契約が継続している限り、使用者は、職員の配置のほか、賞与額の査定、昇給や昇格等、人事上の措置を講じるに当たり、様々な場面で、従業員の能力を見極め、その評価を行う必要があるのが通常」である。
「信頼関係が損なわれたF課長代理の下で勤務をさせるよりも、E部長を含め人員の充実したb本社で勤務をさせた方が、原告自身の本来の能力が活かされ、より目の行き届いた形でその能力の見極めが可能であると判断した被告の決定は、十分に合理性のあるものというべきである。」
「本件配転命令については、原告の業務遂行能力やマネジメント能力の見極め及び人材活用という業務上の必要性に基づくものであると認められ」る。
(不当な動機、目的の有無)
「原告は、本件配転命令が、Hが申告した原告によるハラスメントや、原告が申告したF課長代理によるハラスメントを隠ぺいするために行われたものである旨主張している」が、「本件配転命令が、原告によるハラスメントや、F課長によるハラスメントの隠ぺいのために行われたとは認め難」い。
「原告は、本件配転命令が、原告にプロジェクトリーダーを任せない等、様々な被告による嫌がらせの一環である旨主張しているが、被告がその裁量権を逸脱して、人事権を行使したと認めるに足りる証拠はなく、本件配転命令が不当な目的によるものとは認められない。」
(労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるか否かについて)
「本件配転命令は、D市にあるdオフィスから、b本社への異動を命じるものであり、転居を伴う転勤命令であって、従業員である原告の私生活に、一定の影響を与えるものであること自体は疑いがない。」
「もっとも、給与その他、勤務地を除く労働条件については、本件配転命令により変更されるものではないほか、被告は、転勤規程(書証略)を設けて、家具移転費用、転勤交通費、転勤一時金、賃貸住宅費用補助等の名目で、転勤にともなう諸経費の会社負担を認め、単身赴任者については、毎月1回の帰省手当を支給するなど、転勤に伴う経済的な負担を軽減する制度を定め、また、その案内を原告に対して行っている」
「原告は、E部長やM取締役の入社時の面接においても、b本社でなければできない研究や実験があるとの認識の下、業務上の必要性があるのであれば、b本社への異動が可能である旨回答していることも踏まえれば、本件配転命令がB市への転居を伴うこと、単身赴任をするか、自宅周辺で就労している妻を退職させ、妻と共にB市に赴任するかいずれかを選択する必要が生じていたことといった事情を考慮しても、本件配転命令が、労働者に対し、甘受し難い不利益を与えるものとは言い難いというべきである。」
(結論)
「以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性に基づくものであり、他の不当な目的・動機をもってなされたものであるとも、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとも認められないというべきであるから、被告に裁量権の逸脱はなく、これが権利濫用であるとの原告の主張は採用し得ない。
したがって、原告がb本社において勤務する雇用契約上の義務を負わないことの確認を求める原告の請求は、理由がない」
判旨のポイント②ー本件解雇が有効
(解雇事由の重大性及び比例原則)
「配転命令の拒否は、本件配転命令が撤回され、dオフィスにおける勤務が認められない限り、被告に対して労務を提供しない意思を示すものであって、本件配転命令が有効である以上、これに応じないことは、被告における労務の提供自体を、長期行わないと宣言するに等しい。そうすると、配転命令の拒否は、「無断欠勤が2日を超えて連続したとき」(就業規則24条1号)等、他の懲戒事由と比較しても、非違行為として相当重大なものというべきであって、本件解雇が比例原則に反するものとはいえない。」
(本件解雇の手続)
「原告については、本件解雇前に段階を踏んだとしても、配転命令に応じる旨翻意する可能性は、乏しかったというべきで、原告の配転命令拒絶を確定的なものと判断し、翻意の機会を与えなかったことについても、それのみで、本件解雇が無効となる事情とは言い難いというべきである。」
(小括)
「原告の本件配転命令を拒絶する原告の意思は固く、その業務命令違反の内容は、長期間、被告において労務の提供を拒絶する事につながるもので、それ自体、解雇が相当といえる程度に、非違行為として重大なものというべきである。本件解雇は、原告が本件配転命令を拒絶した翌日に行われたもので、拙速であったとの評価を免れ得ないものというべきであるが、その後の経過に照らして考えると、仮に原告に翻意する機会を与えたとしても、解雇の結果を回避し得たとは考え難く、それのみで、解雇が手続的に相当性を欠くとは言い難い。
以上を踏まえ、総合考慮すると、被告が行った本件解雇は、解雇事由に基づいた相当なものであり、解雇権の濫用であって無効である旨の原告の主張は、採用し得ない。」
配転命令の拒否と解雇の可否との関係
1 配転命令の限界
配転とは、従業員の配置の変更であって、職務内容や勤務場所が相当の長期間にわたって変更されることをいい、「配置換」と呼ばれることもあります。特に、同一勤務地(事業所)内の所属部署の変更を「配置転換」といい、勤務地の変更を「転勤」といいます。
会社は従業員に対して、配転を命じることがありますが、これは就業規則や雇用契約において、業務上の必要性がある場合に配転を命じることができることを規定していることが根拠となります。
もちろん、配転命令は無条件に肯定されるものではありませんが、①業務上の必要性があって、②不当な動機や目的がなく、また、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超えない不利益を負わせない場合、当該配転命令が権利濫用には該当しないとされています(最判昭和61年7月14日【東亜ペイント事件】)。
2 配転命令の拒否と解雇との関係
配転命令が有効と判断される場合、この命令に従わない従業員に対して懲戒処分や解雇を行うことができるかどうかが問題となります。ポイントは、配転命令が有効であったとしても、これに従わない従業員を直ちに解雇できるわけではないということです。
日本の労働法では、解雇権濫用法理があり、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当ではない場合、解雇権の行使が濫用したものとして無効となります。つまり、企業が従業員を解雇するためには、客観的な合理的な理由や社会通念上の相当性が求められます。
そのため、配転命令に従わない従業員がいたとしても、直ちに解雇するかについて、冷静な判断が求められます。
▼配置転換に関する他の判例解説記事はこちらから▼
【令和6年4月26日最高裁判決】配置転換の有効性と職種限定合意に関する最高裁判決について弁護士が解説します。
本判決から考える実務的な注意点やポイント
①企業は、業務上の必要性がある場合に、就業規則や雇用契約の記載を根拠に、配転命令を行うことができます。従業員の業務遂行能力の見極めの必要が生じた場合にも業務上の必要性が肯定され、配転命令を活用できます。
②業務上の必要性があっても、企業が不当な目的をもって配転を命じる場合や従業員に著しい不利益が生じる場合は配転命令が無効となる可能性があります。配転命令を行おうと検討している場合、配転によって従業員にどのような具体的な不利益が生じ得るのかを慎重に検討する必要があります。
③配転命令が有効であっても、配転命令を拒否する従業員に対する解雇が有効かどうかについては別途、検討する必要があります。もっとも、本判決は解雇を有効としており、配転命令を拒否する従業員に対する対応策を考える上では参考になります。
配転命令を拒否する従業員に対する解雇の可否のポイント~本判決を踏まえて~
配転命令を拒否する従業員に対する懲戒処分や解雇の可否を検討するに際して、実務的には難しい判断が迫られることがあります。
もっとも、本判決から、配転命令を拒否する従業員に対して解雇するかどうかを判断する上では、以下のポイントが重要となります。
A 配転命令は有効といえるか(業務上の必要性、不当な動機・目的、労働者が被る不利益)?
B 配転命令に応じるかどうかについて、労働者に十分な情報が提供されたか?
C 配転命令の拒否について、翻意する可能性があるかどうか?
D 配転命令の拒否について、翻意する機会を与えたかどうか?
▼関連記事はこちらから▼
解雇権濫用法理とは?従業員を解雇する際、企業が注意すべきポイントについて、弁護士が解説します。
解雇の注意点や解雇トラブルを防ぐ方法を弁護士が解説!-問題社員(モンスター社員)対応のチェックリスト-
問題社員の配置転換の注意点とは?弁護士が解説します。-問題社員(モンスター社員)対応(配置転換や転勤)
配転命令の有効性や拒否については、弁護士法人かける法律事務所にご相談ください
弁護士法人かける法律事務所では、顧問契約(企業法務)について、常時ご依頼を承っております。企業法務に精通した弁護士が、迅速かつ的確にトラブルの解決を実現します。お悩みの経営者の方は、まずは法律相談にお越しください。貴社のお悩みをお聞きし、必要なサービスをご提供いたします。
顧問契約では 問題社員(モンスター社員)対応、未払い賃金対応、懲戒処分対応、ハラスメント対応、団体交渉・労働組合対応、労働紛争対応(解雇・雇止め、残業代、ハラスメント等)、労働審判・労働裁判対応、雇用契約書・就業規則対応、知財労務・情報漏洩、等の労働問題対応を行います。
▼関連記事はこちらから▼
問題社員への弁護士による対応-モンスター社員の解雇・雇止めについて-
就業規則の作成・チェックについて弁護士が解説
Last Updated on 2025年1月6日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 「裁判」や「訴訟」と聞くと、あまり身近なものではないと感じられるかもしれませんが、案外、私たちの身近には様々な法律問題が存在しています。また、法律問題に直面したときに、弁護士に依頼するということは、よほど大事なことのように思えます。しかし、早い段階で弁護士に相談することで解決することができる問題もあります。悩んだら、まずは相談することが問題解決への第一歩です。そのためにも、私は、相談しやすく、頼りがいのある弁護士でありたいと考えています。常に多角的な視点を持って、どのような案件であっても、迅速、正確に対応し、お客様の信頼を得られるような弁護士を目指します。弊事務所では、様々な層のお客様それぞれの立場に立って、多角的な視点から、解決策を提示し、お客様に満足していただけるリーガルサービスを提供します。お悩みのことがございましたら、是非一度、お気軽にご相談ください。
代表弁護士 細井大輔
プロフィールはこちらから