よくあるご相談
①従業員から有給申請に対する時季変更権の行使に問題があると言われています。
②従業員が希望する日に必ず有給を付与しなければなりませんか?
③時季変更権の行使に際して、注意すべきポイントについて、教えてほしいです。
事案の概要
東海道新幹線の乗務員として勤務していた一審原告らが、年次有給休暇の申請に対して、一審被告(東海旅客鉄道)の時季変更権の行使が労働契約に違反していることを理由に損害賠償請求を求めた事案である。
争点
年休使用日(年休の時季指定をした日)の5日前の日別勤務指定表の発表によって初めて時季変更権の行使の有無を確定させていた会社の運用が労働契約上の債務不履行を構成するか否か。
事実関係の整理
①一審被告は、前月10日までに、交番担当乗務員については交番に基づいた勤務を当てはめた場合の仮の予定を記載し、予備担当乗務員については空欄のままの休日予定表を発表していた。
②乗務員は、原則として前月20日までに年休申込簿に年休使用日を記入することによって時季指定権を行使していた。
③一審被告は、前月25日に当月分の乗務員の勤務割を指定した勤務指定表を発表していた。
④勤務指定表の発表時点では事後に臨時列車等の運行が追加される可能性があること等を理由に、前月25日の勤務指定表の発表段階では、年休使用日について、一審被告により時季変更権が行使される可能性が残存していた。
⑤一審被告は、旅客需要の変動や運輸所の状況を踏まえて勤務日のおおむね10日前までに臨時列車等の運行の有無等を確定させ、これに基づき作成し、勤務日5日前に発表する日別勤務指定表において時季変更権の行使の有無を確定させていた。
原審(第一審)のポイントー年休使用日の5日前の時季変更権の行使を違法と判断
「被告は、原告らに対し、時季変更権を行使するに当たり、労働契約に付随する義務として事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも原告らが時季指定をした年休使用日の相当期間前までに時季変更権を行使する労働契約上の義務(債務)を負っていたにもかかわらずこれを怠り、一律に各日の5日前まで時季変更権を行使しなかった」ものであり、被告には過失があり、債務不履行を構成する。
本判決(控訴審判決)のポイントー年休使用日の5日前の時季変更権の行使を適法と判断
1 時季変更権の行使の限界
「使用者が、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えて、不当に遅延して行った時季変更権の行使については、労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして信義則違反又は権利濫用により無効になる余地があるものと解される。」
2 結論
「一審原告らが従事していた事業(東海道新幹線の運行)の性格やその内容、一審原告らの業務(東海道新幹線の乗務員)の性質、時季変更権行使の必要性、一審原告らの被る不利益等を考慮すると、本件期間において、一審被告が勤務日の5日前に時季変更権を行使したことについては、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えてされたものということはできない。」
3 理由
①年休順位制度の対象となる年休の大部分の確定を勤務日の5日前としていたが、これは、臨時列車等を設定した場合や乗務員に突発的な欠員が生じた場合に、別の乗務員の手配が必要となり、また相当数の乗務員の行路を変更しなければならない事態が生じ得ることを避けるためであった。
②乗務員に周知されていた年休順位は、時季変更権の行使の有無についての予見可能性を高めるものといえること、連続休暇制度や特認休暇制度の対象となる年休については基本的に勤務指定表の発表の際に年休として指定され、時季変更権が行使されないことが確定していた。
③本件期間中に一審原告らも連続休暇制度に基づく年休を1年度当たり4日間取得していた。
④勤務日の5日前に発表される日別勤務指定表において、勤務指定表では就労義務があり年休とされなかった年休使用日につき時季変更権の行使の有無を確定するという運用は、一審被告の設立以来続いていたものであって、乗務員も上記運用を認識していた。
年次有給休暇における時季指定権と時季変更権の考え方
労働者は、取得した年休権を具体化するための手段として、年休の時季指定権を有します(労働基準法39条5項本文)。労働者が年休の時季指定権を行使した場合、「事業の正常な運営を妨げる場合」として、使用者が時季変更権を行使しない限り、時季指定によって年次有給休暇が成立します。「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、労働者の年休指定日の労働がその者の担当業務を含む相当な単位の業務の運営にとって不可欠であり、かつ、代替要員を確保するのが困難であることが必要であると解釈されています。
また、使用者が代替要員の確保の努力をしないまま、直ちに時季変更権を行使することを許されないとも言われているため、注意が必要です。
労働基準法39条5項
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
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本判決から考える実務的な注意点やポイント
①使用者による時季変更権の行使を不当に遅延して行う場合、無効になる可能性があるため、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間の範囲内で行う必要があります。
②本判決では、年休使用日の5日前の時季変更権の行使を適法と判断されていますが、原判決(第一審判決)では違法とされており、本判決の結論を一般化することはできません。鉄道事業が日本の社会・経済の維持、発展に必要不可欠な産業基盤の一つと位置付けられているという特殊性から例外的に肯定されたと考えることもできます。
③年次有給休暇の取得等を巡って労働トラブルに発展することもあって、年次有給休暇の適正な取得については、会社の実情に応じて、継続的に検討し、社会や時代の変化に応じた改善が必要です。
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Last Updated on 2024年12月19日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 私は、日本で最も歴史のある渉外法律事務所(東京)で企業法務(紛争・訴訟、人事・労務、インターネット問題、著作権・商標権、パテントプール、独占禁止法・下請法、M&A、コンプライアンス)を中心に、弁護士として多様な経験を積んできました。その後、地元・関西に戻り、関西の企業をサポートすることによって、活気が満ち溢れる社会を作っていきたいという思いから、2016年、かける法律事務所(大阪・北浜)を設立しました。弁護士として15年の経験を踏まえ、また、かける法律事務所も6年目を迎え、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、関西の企業・経営者の立場に立って、社会の変化に対応し、お客様に価値のあるリーガルサービスの提供を目指します。
代表弁護士 細井大輔
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