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大阪の弁護士による企業労務相談 > 企業労務コラム > 美容師の退職後の競業避止義務はどこまで有効?誓約書・退職時合意書の効力と実務の落とし穴(東京地判令和7年3月26日)

美容師の退職後の競業避止義務はどこまで有効?誓約書・退職時合意書の効力と実務の落とし穴(東京地判令和7年3月26日)

よくある相談

  1. 退職後の競業避止義務は、誓約書や退職時合意書に記載していれば、原則として有効なのでしょうか?
  2. 一般の従業員(管理職でない社員)に対しても、退職後の競業避止義務を課すことはできますか?
  3. 退職後に競業避止義務違反があった場合、会社はどこまで損害賠償を請求できますか?

事案の概要ー東京地判令和7年3月26日(以下「本判決」といいます。)

本件は、美容院の運営等を行う会社が、退職した美容師による退職後の競業行為について、競業避止義務違反を理由に損害賠償を求めた事案です。

被告である美容師は、原告会社が運営する美容室に約2年間勤務した後、退職しました。被告は入社時に、「退職後原則として1年間、本店や支店が所在する都道府県内において、競業他社への転職や開業等を行わない」との内容を記載した誓約書を提出しており、さらに退職に際しても、同様の内容を定めた退職時合意書に署名していました。

ところが、被告は退職後まもなく、原告店舗から約650メートルという近接した場所にある別の美容院で勤務を開始しました。これに対し原告会社は、当該行為が競業避止義務に違反するとして、逸失利益等の損害賠償を請求し、争いとなりました。なお、本件における競業避止義務の範囲は、実質的には東京都内に限定されていました。

本判決の解説

1. 競業避止義務の根拠となる規定の有無

(1)就業規則の定めについて
裁判所は、まず、被告に退職後の競業避止義務を課す法的根拠があるかを検討しました。この点について、原告会社の就業規則には、「退職後は原則として1年以内に、本店の所在する都道府県内において、同業他社へ就職、役員の就任ならびに同業の自営をおこなわないように心がけなければなりません」「会社は、退職する社員と、退職後において同業他社への就職、役員の就任ならびに同業の自営をおこなわない旨の合意を締結する場合があります」との規定が置かれていました。しかし、裁判所は、これらの規定について、「その文言上、別に合意をしない限り、努力義務を定めるに過ぎないものといえる」と判示し、就業規則の定めのみでは、退職後の競業避止義務の法的根拠にはならないと明確に判断しました。

(2)誓約書・退職時合意書による個別合意は有効
一方で、被告が入社時に提出した誓約書には、「退職後原則として1年間は、本店や支店が所在する都道府県内において、貴社と競業関係に立つ他社への転職、役員への就任、及び事業を自ら開業または設立する行為を行ないません」との条項が記載されており、退職時合意書においても、「退職後原則として1年間は、本店や支店が所在する都道府県内において、原告と競業関係に立つ他社への転職、役員への就任、及び事業を自ら開業または設立する行為を行わないことを約束致します」と定められていました。裁判所は、これらの書面について、「被告bは原告との間でこの条項のとおり退職後の競業避止義務を負う旨を合意したと認められる」と判示し、入社時の誓約書および退職時合意書のいずれも、退職後の競業避止義務を課すための有効な法的根拠となると判断しました。

2. 競業避止義務の有効性(公序良俗)

次に裁判所は、当該競業避止義務が公序良俗に反して無効となるかについて検討しました。

この点につき裁判所は、「美容師が退職時に原告の顧客情報等を使用して顧客を転職先の店舗に移すことによって原告の利益が害されることを防ぐためには、近接する場所での競業を禁止するのは合理的な方法である」と述べたうえで、「競業避止義務の範囲は、退職後1年間、東京都内に限定されているから、退職後に美容師として就労することができなくなるわけではなく、前記の目的に照らして合理的なものといえる」と判示しました。

そして、「代償措置がないことを考慮しても、被告bの退職後の競業避止義務に関する各規定が公序良俗に反するとはいえない」として、本件競業避止義務は公序良俗に反せず有効であると結論付けています。

3. 競業避止義務違反による損害額

裁判所は、競業避止義務違反による損害額について検討しました。原告は、被告の競業避止義務違反により多数の指名顧客が失われたとして、約760万円の逸失利益が生じたと主張しました。しかし裁判所は、損害の考え方として、「競業避止義務違反による損害となるのは、退職による顧客の減少ではなく、競業による顧客の減少である」と判示し、単なる退職に伴う顧客離脱と、競業によって生じた顧客流出とは区別すべきであるとしました。また、「退職した美容師を指名していた顧客は、必ずしも当該店舗に通い続けるわけではなく、その美容師が競業をしていなくても他の店舗に行くことも多い」と述べ、競業がなかった場合であっても一定数の顧客離脱は避けられないことを前提に、損害額を検討すべきとしています。

そのうえで裁判所は、証拠に基づき被告退職後の顧客動向を分析し、競業をしていない美容師が退職した場合であっても多くの顧客が来店しなくなる可能性があることを踏まえ、被告が競業を行ったことによって失われた顧客数は、退職による影響と比較すると限定的であると判断しました。そして、「被告bが競業をしたために原告店舗に来店しなくなった顧客の数は約10人である」と認定しています。さらに、顧客1人当たりの利益については、「被告bを指名した顧客一人当たりの売上は6586円」であるとしたうえで、「美容院においては店舗の営業に係る固定費が多いと考えられるから、顧客の減少により免れた支出を売上の約1割と認める」として、顧客1人当たりの利益を6000円と算定しました。これらを踏まえ、裁判所は、「顧客の減少による逸失利益は、6万円である」と結論付け、原告が主張した約760万円の逸失利益は認められず、損害額は大幅に限定される結果となりました。

これらを踏まえ、裁判所は、「顧客の減少による逸失利益は、6万円である」と結論付け、原告が主張した約760万円の逸失利益は認められませんでした。

本判決の3つのポイント~競業避止義務の有効性や損害賠償の判断~

ポイント①退職後の競業避止義務は「就業規則」では足りず、個別合意が決定的

本判決は、就業規則に競業避止に関する定めがあっても、その文言が努力義務にとどまる場合には、退職後の競業避止義務の法的根拠にはならないことを明確にしました。

一方で、入社時の誓約書や退職時合意書といった個別の書面による合意があれば、競業避止義務の根拠として有効であると判断しています。

実務上は、退職後の競業を問題にする可能性があるのであれば、就業規則任せにせず、誓約書・退職時合意書を必ず整備しておくことが不可欠です。

ポイント②競業避止義務は「必要最小限」であれば、公序良俗違反とはされにくい

本判決は、競業避止義務の目的(顧客流出防止)、期間(1年)、地域(東京都内)といった制限内容を総合的に考慮し、退職後の就労を全面的に制限するものではない限り、公序良俗に反しないと判断しました。また、競業避止手当などの代償措置がなかった点についても、それだけで直ちに無効とはならないとされています。実務上は、期間・地域・対象行為を「広く取りすぎない」ことが、有効性を確保する最大のポイントといえます。

ポイント③競業避止義務違反があっても、損害賠償は厳格に限定される

本判決では、競業避止義務違反自体は認められたものの、損害賠償額については、退職による顧客減少と競業による顧客流出を厳密に区別し、後者のみを損害として評価しました。その結果、約760万円の請求に対し、認められた損害は6万円にとどまっています。

実務上、競業避止義務違反を理由に高額な損害賠償を請求するためには、「競業がなければ生じなかった損害」を数字と比較で立証できるかが極めて重要です。

競業避止義務とは?-競業避止義務の有効性の判断基準ー

競業避止義務とは、労働者が在職中または退職後に、勤務先と競業関係に立つ行為を行わない義務をいいます。とりわけ問題となるのは退職後の競業避止義務であり、これは退職後の働き方を制限する点で、労働者の職業選択の自由(憲法22条)との関係が強く意識される分野です。

そのため、裁判所は「契約書に書いてあるから有効」とは考えず、競業避止義務の必要性や内容の合理性を慎重に検討し、有効性を判断します。

競業避止義務の有効性は、一つの要素だけで決まるものではなく、複数の事情を総合的に考慮して判断されます。実務上、特に重視されるポイントは次のとおりです。

① 会社側に守るべき正当な利益があるか

まず重要なのは、会社側に競業避止義務によって守るべき正当な利益があるかどうかです。

例えば、長年かけて築いた顧客基盤、独自のノウハウや技術、営業情報、ブランド価値などがあり、元従業員が競業行為を行うことで、これらが直接的に害されるおそれがある場合には、競業避止義務を課す合理性が認められやすくなります。

一方で、単に「競争相手になってほしくない」「人材流出を防ぎたい」といった抽象的な理由だけでは足りず、具体的にどの利益を、なぜ守る必要があるのかが問われます。

② 競業避止義務の内容が合理的な範囲にとどまっているか

次に、競業避止義務の内容が過度になっていないかが検討されます。裁判所は、主に以下の点を確認します。

  • 競業を禁止する期間が長すぎないか
  • 制限される地域が事業実態を超えて広がっていないか
  • 実際に競業関係にある業務内容に限定されているか

例えば、退職後長期間にわたり、全国で一切の同業就労を禁止するような内容は、原則として無効と判断されるリスクが高くなります。実務上は、必要最小限の範囲に絞られているかどうかが、有効性判断の大きな分かれ目となります。

③ 代償措置(補償)の有無・内容

競業避止義務によって退職後の就労が制限される以上、その不利益をどのように補填しているかも重要な考慮要素です。

具体的には、競業避止期間中に一定の手当を支給する、退職金に上乗せするなどの金銭的補償が典型例です。

必ずしも高額な補償が求められるわけではありませんが、何らの代償措置もないまま、長期間・広範囲の制限を課す場合には、無効と判断されやすくなります。もっとも、制限内容がごく限定的であれば、代償措置がなくても直ちに無効とならない場合もあります。

④ 対象となる従業員の立場・職務内容

競業避止義務の有効性は、対象となる従業員の立場や職務内容によっても左右されます。

経営に近い管理職や、顧客との直接的な接点を持ち、会社の営業活動の中核を担っていた従業員については、競業避止義務が認められやすい傾向があります。一方で、会社の営業秘密や顧客情報にほとんど触れない立場の従業員にまで一律に競業避止義務を課す場合には、必要性が否定され、無効と判断される可能性が高くなります。

有効・無効の整理(実務的な目安)

以上を踏まえると、競業避止義務の有効性は、次のように整理できます。

【有効と判断されやすいケース】

  • 守るべき具体的な会社の利益が明確である
  • 期間・地域・業務内容が必要最小限に限定されている
  • 一定の代償措置が講じられている、または制限が軽微である
  • 対象者が顧客や営業情報に深く関与している

【無効と判断されやすいケース】

  • 守るべき利益が抽象的・不明確である
  • 制限期間や地域が過度に広い
  • 補償が一切なく、労働者の不利益が大きい
  • 職務内容との関連性が乏しい

このように、競業避止義務の有効性は、「条文があるかどうか」ではなく、会社の正当な利益、制限内容の合理性、補償の有無、従業員の立場といった事情を総合的に見て判断されます。企業としては、「とりあえず入れておく条文」ではなく、なぜ必要なのか、どこまでなら許されるのかを意識し、将来の紛争を見据えて設計することが重要になります。

本判決から考える実務的な注意点・ポイント

注意点・ポイント①「とりあえず入れている競業避止条項」は見直しが不可欠

本判決で競業避止義務条項の有効性が認められた背景には、制限期間や地域が必要最小限に限定されていたこと、また、当該従業員の業務内容との関係性が明確であったことなど、条項の中身が具体的かつ合理的に設計されていた点があります。

裏を返せば、期間が長すぎる、地域が過度に広い、業務範囲が抽象的であるといった競業避止条項は、それだけで無効と判断されるリスクを高めます。競業避止義務は、「条文があるかどうか」ではなく、なぜその制限が必要なのかを説明できる内容になっているかが問われる分野です。形式的に盛り込んだ条項については、改めて見直しが必要といえるでしょう。

注意点・ポイント②競業避止義務は「退職後の問題」ではなく、在職中から設計すべきである

競業避止義務は、退職時になって初めて意識されがちですが、本来は入社時や在職中から検討・設計しておくべきものです。本判決でも、会社は入社時に、退職後の競業避止義務を内容とする誓約書を提出させていました。

どのような会社の利益を守るために、どの範囲で競業を制限するのかが、あらかじめ整理されていなければ、退職後になって突然「競業避止義務違反だ」と主張しても、説得力を欠くことになりかねません。

実務上は、入社時や昇格時といった節目で競業避止義務の趣旨を明確にし、契約内容と実際の業務内容を一致させておくことが重要です。競業避止義務は、「退職後のトラブル対応策」ではなく、在職中からのリスク管理の一環として位置づける視点が求められます。

注意点・ポイント③競業避止義務違反が認定されても、損害賠償が直ちに認められるとは限らない

本判決は、競業避止義務違反が認められた場合であっても、損害賠償が当然に認められるわけではないことを明確に示しています。会社が損害賠償を請求するためには、違反行為によって、実際にどのような損害が発生したのかを、別途具体的に立証する必要があります。

実務では、「競業避止義務に違反した以上、損害賠償が取れるはずだ」と考えられがちですが、裁判所はそのように単純には判断しません。顧客がどの程度流出したのか、売上や利益にどのような影響が生じたのかといった点を、証拠に基づいて説明できなければ、高額な損害賠償請求は認められにくいのが実情です。

競業避止義務違反への対応を検討する際には、違反の有無だけでなく、損害の立証まで見据えた判断が不可欠といえます。

まとめ|競業避止義務は「根拠」「範囲」「損害の立証」が問われます

本判決は、退職後の競業避止義務について、誓約書や退職時合意書に記載があれば直ちに高額請求が通る、という単純な構図ではなく、①そもそも競業避止義務を課す法的根拠があるか、②制限内容が必要最小限で合理的か、③違反によって生じた損害を具体的に立証できるかという観点から、段階的に判断されることを改めて示しました。

具体的には、就業規則の定めが努力義務にとどまる場合、これだけでは退職後の競業避止義務の根拠にならない一方で、誓約書・退職時合意書といった個別合意が明確に成立していれば根拠となり得ることが確認されています。

また、競業避止義務の有効性(公序良俗)との関係では、目的(顧客流出防止)に照らし、期間(1年)・地域(東京都内)等が限定され、職業選択の自由を過度に制約しない範囲であれば、有効と判断され得ることが示されました。

さらに実務上重要なのは損害論です。裁判所は、「競業避止義務違反による損害」は「退職による顧客減少」ではなく「競業による顧客減少」に限られるとして、両者を厳密に区別したうえで損害額を算定し、結果として請求額を大幅に限定しました。競業避止義務違反を理由に損害賠償を求める局面では、違反の有無だけでなく、“競業がなければ生じなかった損害”を数字と証拠で示せるかが決定的になります。

実務の現場では、

  • 「誓約書や退職時合意書があるが、本当に有効なのか」
  • 「どこまでの期間・地域・業務範囲なら許されるのか」
  • 「違反が疑われるが、損害をどう立証すべきか」
  • 「まず何から着手し、どの時点で警告・交渉・法的手続に進むべきか」

 といった点で判断に迷われるケースが少なくありません。

競業避止義務は、条項が広すぎれば無効リスクが高まり、逆に狭すぎれば実効性を欠きます。また、違反が疑われても、損害の立証が弱いまま進めると、請求が認められない(または大幅に限定される)可能性があります。だからこそ、設計(条項整備)と運用(退職時・退職後対応)をセットで検討することが重要です。

当事務所の主なサポート内容

弁護士法人かける法律事務所では、競業避止義務に関し、次のような実務支援を行っています。

  1. 競業避止義務条項(誓約書・雇用契約書・退職時合意書)の作成・見直し
  2. 期間・地域・業務内容の合理性に関するリーガルチェック(有効性リスクの整理)
  3. 代償措置の要否や設計に関するアドバイス
  4. 競業避止義務違反の成否、損害立証の見通しに関する事前検討・リスク分析
  5. 退職者への警告書送付・交渉対応(任意解決に向けた整理)
  6. 損害賠償請求・差止請求に関する訴訟・交渉対応
  • 「競業避止義務を定めたいが、どこまで許されるのか知りたい」
  • 「退職者の転職が問題になりそうだが、対応してよいのか迷っている」
  • 「すでに競業が始まっており、早急に法的対応を検討したい」

このような場合には、紛争化する前の段階でご相談いただくことが、企業リスクの最小化につながります。競業避止義務の設計段階から、退職時対応、退職後の紛争対応まで、実務に即したサポートを一貫して提供しています。競業避止義務や退職後トラブルでお悩みの際は、弁護士法人かける法律事務所まで、どうぞお気軽にご相談ください。

  • 顧問契約サービスの詳細は、こちらです。
  • 労働トラブル対応(企業側)はこちらです。

弁護士 林 遥平

「裁判」や「訴訟」と聞くと、あまり身近なものではないと感じられるかもしれませんが、案外、私たちの身近には様々な法律問題が存在しています。また、法律問題に直面したときに、弁護士に依頼するということは、よほど大事なことのように思えます。しかし、早い段階で弁護士に相談することで解決することができる問題もあります。悩んだら、まずは相談することが問題解決への第一歩です。そのためにも、私は、相談しやすく、頼りがいのある弁護士でありたいと考えています。常に多角的な視点を持って、どのような案件であっても、迅速、正確に対応し、お客様の信頼を得られるような弁護士を目指します。弊事務所では、様々な層のお客様それぞれの立場に立って、多角的な視点から、解決策を提示し、お客様に満足していただけるリーガルサービスを提供します。お悩みのことがございましたら、是非一度、お気軽にご相談ください。

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