誹謗中傷を行う問題社員の具体例
インターネットやSNSが普及する現代社会において、インターネットやSNSを利用して、会社に対して誹謗中傷を行う従業員が増えています。
特に、インターネットやSNSでは、一度、情報が発信されると、その真偽が不明なまま、拡散され、重大な損害が発生したり、業務に深刻な影響を与えることがあります。また、投稿された内容の中に、会社や取引先、従業員(労働者)の秘密情報や個人情報が含まれる場合、事態は深刻です。
そのため、会社は、自社、取引先や従業員を守るためにも、また、会社の信用を守るためにも、誹謗中傷を行う問題社員に対して、厳正に対処しなければなりません。
その一方で、インターネットやSNSが、業務とは別にプライベート(私用)で行われることがあったり、そもそも情報を発する者(投稿者)が特定できないこともあり、その対応方法に悩むことがあります。
誹謗中傷を行う問題社員の具体例
①労働組合と名乗り、ブログを立ち上げ、虚偽の情報に基づいて、経営陣を無能である等人格批判を繰り返して行う。
②従業員しか知らない情報をもとに、転職サイトにおいて、会社に対する虚偽の情報を書き込む。
③従業員と推測される人物が、 Twitter等のSNSにおいて、匿名で会社や取引先に対する誹謗中傷を行う。
誹謗中傷を行う問題社員が会社に与えるリスク
1 職場全体の生産性の低下
会社を誹謗中傷する情報が発信されると、会社で働く従業員を不安にさせたり、悩ませます。仮に、その情報が虚偽であっても、それを真実であると理解する従業員もいるため、情報の是正をしなければなりません。これによって、各従業員の生産性が低下するとともに、会社としても、取引先や従業員に対する信用を回復するため、多大な労力や時間を要し、職場全体の生産性が低下してしまいます。
2 会社の信用低下
会社を誹謗中傷する情報がインターネットやSNSにおいて発信されると、信用不安が広がり、会社の信用を低下させます。実際に、真実かどうかわかりづらい情報が発信されると、お客様(顧客)や取引先から直接、問合せが発生したり、弁明しなければならない事態が生じます。また、お客様(顧客)や取引先との間で取引が打ち切られたりするという実損害が発生することもあります。
3 人材の確保(採用)が困難になること
労働人口・生産年齢人口が減少し、新規の採用が困難となっている現代社会においては、人材の確保(採用)が重要な経営課題となっています。このような状況において、会社に対する誹謗中傷がインターネットやSNSで発信されると、応募者が減少したり、内定を出しても、辞退者が多く発生してしまいます。
採用活動でも、応募者は、インターネットやSNS等の情報を重視することも増えているため、人材の確保(採用)の場面において、会社への誹謗中傷は致命的な損害となります。
インターネット上の誹謗中傷を削除するための方法
1 裁判外の削除請求
インターネット上で会社に対する誹謗中傷(SNSや転職サイト等での誹謗中傷)がされた場合、まずは、誹謗中傷となる投稿がされたサイトの運営会社(SNSや転職サイト等の運営会社)に対して、ウェブサイト上のフォーム等を通じて、直接、削除請求をすることが考えられます(裁判外の削除請求)。
この場合、運営会社側の対応については、法律上決まったルールがなく、運営会社ごとの内部ルールによる対応になるため、運営会社が削除請求に応じるかは任意となります。
誹謗中傷の度合い(法的に明らかに名誉毀損といえるかどうか)にもよりますが、運営会社の方針によります。具体的には、広く削除請求に応じる運営会社もあれば、名誉毀損に当たることが明白な投稿のみ削除請求に応じるというスタンスだと思われる運営会社もあります。
一般に、裁判外の削除請求を行った場合、1~2か月程度で回答がなされます。
2 裁判による削除請求(削除仮処分手続)
裁判外の削除請求に応じてもらえない場合、裁判所に対して、投稿の削除を求める手続を申し立てることができます。この場合、民事訴訟(いわゆる裁判)によって削除を求めることもできますが、一般的には、民事訴訟よりも迅速に削除が可能な「仮処分」という手続を申し立てることが多いです。
裁判による削除請求が認められるには、(会社の)名誉が違法に侵害されていること、より具体的にいえば、インターネット上での表現の自由に鑑みても、当該投稿による名誉毀損の度合いが受忍すべき限度を超えている、といえる必要があります。
例えば、単に「雰囲気が悪い会社である」とか「残業が多い」といったくらいの投稿では、受忍すべき限度を超えた名誉毀損であるとは判断されにくく、削除請求が認められる可能性は低いということになります。
また、当該投稿が受忍すべき限度を超えた名誉毀損に当たるとしても、削除請求が認められるためには、原則として、会社側が、①当該投稿が公益目的での投稿ではないこと、又は、②当該投稿が真実ではないことを証明する必要があります。会社に対する誹謗中傷の場合、公益目的性が否定される可能性が低いため(上記①)、当該投稿の内容が真実ではないことを会社側が証明できるか否か(上記②)によって、削除請求が認められるかどうかが決められることが多いです。
仮処分手続での削除請求の場合、早ければ申立てから1か月程度で削除を命じる決定がなされることもあります。
誹謗中傷を行う問題社員を特定するための方法
従業員(労働者)によって会社に対する誹謗中傷となる投稿が行われた場合、当該従業員を特定できる可能性があります。
投稿がどの媒体で行われたかによって、特定するための手続も異なってくるため、以下、会社に対する誹謗中傷がされやすい媒体を中心に、誹謗中傷を行った社員を特定するための方法について、説明します。
1 Twitter等のSNSの場合
Twitter、facebook、Instagram等のSNS上で、会社に対する誹謗中傷となる投稿がなされた場合、裁判外の手続(各SNSのウェブフォーム等からの発信者情報の開示請求)によって投稿者を特定するための情報(以下「発信者情報」といいます。)を得ることは、基本的にはできません(ウェブフォーム等から開示請求をしても拒否をされることがほとんどであるため)。そのため、投稿者を特定するための一般的な手順としては、
①SNSの運営会社に対して、発信者情報(当該投稿に近接するログイン時のIPアドレス等)の開示を求める裁判手続(仮処分手続)を行う
②SNSの運営会社から上記情報が得られた場合、ログイン時の通信を媒介したプロパイダ(NTTドコモやソフトバンク等)に対して、発信者情報(回線契約者の名前・住所等)の開示を求める裁判手続を行う
上記のように、IPアドレス(接続端末の識別符号)を経由して発信者を特定していくことが一般的な特定の方法になります。
もっとも、最近のSNSでは、アカウント登録時に携帯電話番号の登録を求められることも多いため、SNSの運営会社に対して、IPアドレスだけでなく、当該投稿を行ったアカウントに登録された携帯電話番号の開示を求め、開示が得られた場合には、弁護士会からの照会を通じて、携帯電話会社に回線契約者の開示を得るというルートもあります。
2 転職サイトの場合
転職サイトで会社に対する誹謗中傷がなされた場合に、SNS上で誹謗中傷が行われた場合と、基本的な手続の流れは変わりません。
もっとも、転職サイトの場合、裁判外での開示請求(ウェブフォーム等からの請求)により、発信者の情報が開示される場合もあります。
そのため、誹謗中傷の内容によっては、まずは裁判外で発信者情報の開示請求を行い、仮に裁判外での開示請求を拒まれた場合には、当該転職サイトに対して、発信者情報の開示を求める裁判手続(仮処分手続)を行うことも検討します。
転職サイトから発信者情報(誹謗中傷の投稿が行われた際のIPアドレス、その他当該サイトに登録された個人情報)が得られた場合は、通信を媒介したプロパイダ(NTTドコモやソフトバンク等)等に対して、発信者情報(回線契約者の名前・住所等)の開示を求める裁判手続を行うという流れになります。
3 注意点
以上が、会社に対する誹謗中傷を行った投稿者を特定するための方法・手順になりますが、注意点としては、以下の2点が挙げられます。
①単なる悪口といった程度の投稿では開示請求が認められづらいこと
これまでの裁判例等からいえることですが、発信者情報の開示が認められるには、一般的に、問題となる投稿が、会社の社会的信用を低下させるような虚偽の事実の摘示であったり、度を越した侮辱(経営陣等に対する度を越した人格攻撃等)である必要があります。
②迅速に開示請求手続を進める必要があること
投稿者の特定のための手続は、IPアドレスを経由して進めていくことが多いですが、一般的に、インターネットプロパイダにおけるIPアドレスの保存期間は3~6か月程度であるといわれています。そのため、誹謗中傷となる投稿が行われた場合、迅速に開示請求手続に着手して進めていく必要があります。
4 プロパイダ責任制限法の改正による新たな裁判手続について
発信者の特定のためには、従来、①ウェブサイトの運営会社に対する発信者情報開示請求手続と②通信を媒介したプロパイダに対する発信者情報開示請求という2段階の手続を踏む必要があり、煩雑で時間がかかるという問題がありました。
この問題を解消するために、今般、プロパイダ責任制限法が改正(2022年10月に施行)され、「発信者情報開示命令」という新たな裁判手続が創設されました。この手続は、簡単にいえば、発信者の特定をより簡易迅速に行うために、プロパイダの協力を前提とした上で、従来の2段階の手続を一体化した手続となります。
この新たな裁判手続については、現状、必ずしも運用が固まっているわけではありませんが、今後の制度の運用によって、活用できるケースが増えていくと思われます。
誹謗中傷を行う問題社員に対する対応方法
1 懲戒処分
インターネットやSNSによる情報発信がプライベート(業務外)で行われていたとしても、その情報発信に問題がある場合、懲戒処分を行うことが可能です。特に、情報発信が名誉棄損罪(刑法230条)に該当する場合や信用毀損・業務妨害罪(刑法233条)に該当する場合、懲戒理由は明確です。
最判昭和58年9月8日(関西電力事件)でも、業務外の行為に対して、懲戒処分を課すことも許されるとしており、従業員が配布したビラ内容のうち、大部分が事実に基づかなかったり、事実を誇張歪曲して会社を非難攻撃し、誹謗中傷を行う行為について、懲戒処分を有効としています。
最判昭和58年9月8日(関西電力事件)
「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによつて、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もつて企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であつても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許される」
2 損害賠償請求
インターネットやSNSにおいて誹謗中傷を行い、会社に混乱を生じさせ、損害を与えた場合、会社は、従業員に対して、雇用契約の誠実義務違反又は不法行為に基づいて損害賠償を請求することも可能です。
東京地判令和4年5月13日(令和2年(ワ)9930号)では、従業員が在職中や退職後に、他の従業員や取引先の担当者ら多数の者に会社等を誹謗中傷する電子メールを複数回にわたって送付した行為に対して、当該従業員に対する損害賠償責任を肯定しています。
東京地判令和4年5月13日(令和2年(ワ)9930号)
「原告会社の従業員にとどまらず、取引先を含む関係者270名に対しcc送信して拡散した点、被告自身の差別意識を露骨に強調する文脈で原告会社に被差別部落出身者が多数在籍していることを摘示し、あるいは原告会社内で部落差別を助長する行為が行われているかのような印象を与えた点は、被告と原告会社との間に未払賃金等に関する問題が存在したこと等を踏まえても、何ら正当化する余地はなく、原告会社が厳しい社会的非難を受ける結果にもつながりかねない、極めて違法性の高い行為と評価するよりほかない。」
3 刑事告訴
特に悪質な誹謗中傷行為に対して、懲戒処分や損害賠償請求だけでなく、情報発信が名誉棄損罪(刑法230条)に該当する場合や信用毀損・業務妨害罪(刑法233条)に該当する場合、刑事告訴手続も検討することができます。
誹謗中傷を行う問題社員に対応するときの注意事項
1 証拠の保全
インターネットやSNSにおいて、誹謗中傷を行う問題社員の中には、情報を発信した後、しばらくした後、削除する者もいます。つまり、投稿と削除を繰り返す従業員もいることは、知っておく必要があります。
証拠を保全する前に削除されてしまうと、裁判手続で主張や立証が困難となってしまうため、問題となる投稿を確認したときは、速やかに証拠を確保する必要があります。問題となる投稿を印刷又はPDFするときは、スクリーンショットだけではなく、対象となる投稿のURLや時間を記録化しておくことが必要です。
2 発信者(投稿者)の特定
投稿内容からすると、従業員が特定可能と会社が推測可能な場合でも、裁判手続では、発信者(投稿者)を客観的に主張立証する必要があります。
そうすると、SNSにおいて、誹謗中傷となる投稿がされた場合でも、発信者情報開示手続等によって発信者を特定することが必要になります。
3 コンプライアンス研修の活用
誹謗中傷を行う問題社員の中には、「プライベートだから許されると思っていた」、「安易な気持ちでしてしまった」、「こんな大きな問題になるとは思っていなかった」等問題行動であることを知らなかったとか、気づけなかったことから、誹謗中傷を行うケースも見られます。つまり、誹謗中傷を行う問題社員の中には、悪意や故意がない場合もあり得ます。
このようなケースでは、コンプライアンス研修によって、情報管理の重要性やSNSの利用方法を研修することによって、未然に問題行動を防ぐことができる場合もあります。
問題行動が起きる前に防ぐことが、研修によって十分に可能であるため、従業員の言動に不安がある場合、コンプライアンス研修を活用していただくことを推奨します。
従業員による会社への誹謗中傷・風評被害対応について弁護士が解説
弁護士による誹謗中傷を行う問題社員の対応
弁護士(法律事務所)は、誹謗中傷を行う問題社員との関係において、以下の対応が可能です。是非、一度ご相談ください。
1 誹謗中傷が含まれる投稿の削除手続の代行
2 誹謗中傷が含まれる投稿の発信者の情報開示請求手続の代行
3 問題社員に対する損害賠償請求
4 問題社員に対する刑事告訴手続の代行
5 懲戒処分手続のサポート
問題社員対応(誹謗中傷対応)については弁護士にご相談を
弁護士法人かける法律事務所では、顧問契約(企業法務)について、常時ご依頼を承っております。企業法務に精通した弁護士が、迅速かつ的確にトラブルの解決を実現します。お悩みの経営者の方は、まずは法律相談にお越しください。貴社のお悩みをお聞きし、必要なサービスをご提供いたします。
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Last Updated on 2024年3月8日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 私は、日本で最も歴史のある渉外法律事務所(東京)で企業法務(紛争・訴訟、人事・労務、インターネット問題、著作権・商標権、パテントプール、独占禁止法・下請法、M&A、コンプライアンス)を中心に、弁護士として多様な経験を積んできました。その後、地元・関西に戻り、関西の企業をサポートすることによって、活気が満ち溢れる社会を作っていきたいという思いから、2016年、かける法律事務所(大阪・北浜)を設立しました。弁護士として15年の経験を踏まえ、また、かける法律事務所も6年目を迎え、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、関西の企業・経営者の立場に立って、社会の変化に対応し、お客様に価値のあるリーガルサービスの提供を目指します。
代表弁護士 細井大輔
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