【令和6年7月4日最高裁判決】労災認定について、事業主が不服申立てできないとした最高裁の初判断について、弁護士が解説します。

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【令和6年7月4日最高裁判決】労災認定について、事業主が不服申立てできないとした最高裁の初判断について、弁護士が解説します。

最高裁判決(本判決)のポイント

①労災保険法が労災保険給付の支給又は不支給の判断を被災労働者等に対する行政処分としている趣旨は、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図るためである。

②労災保険給付の支給又は不支給の判断は、事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものではない。そのため、事業主は、労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しない。

③事業主は、事業主に対する保険料認定処分の不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことによって労働保険料が増額されたことを主張できる。

争点

従業員に対する労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付の各支給決定について、事業主(雇用主)が各処分の取消しを求める原告適格を有するかどうか。

事案の概要-労働保険料の徴収プロセス

1 政府による事業主からの労働保険料の徴収

政府は、労災保険法による労働者災害補償保険(労災保険)及び雇用保険法による雇用保険の事業に要する費用に充てるため、事業主から労働保険料を徴収する。

2 保険料認定処分

事業主は、保険年度ごとに、まず概算額として、徴収法所定の労働保険料の額を申告してこれを納付し、保険年度が終了してから、確定額として徴収法所定の労働保険料の額を申告し、納付した概算額が申告した確定額に足りないときは、その不足額を納付しなければならない。

政府は、各申告に係る申告書の記載に誤りがあると認めるとき等には、労働保険料の額を決定し、これを事業主に通知する(保険料認定処分)。

3 労働保険料の算定方法

(1)労働保険料のうちの一般保険料の額は、賃金総額に一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額とされており、一般保険料に係る保険料率は、労災保険及び雇用保険に係る保険関係が成立している事業にあっては労災保険率と雇用保険率とを加えた率、労災保険に係る保険関係のみが成立している事業にあっては労災保険率とされている。

(2)労災保険率は、労災保険法の規定による保険給付等に要する費用の予想額に照らし、将来にわたって、労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならず、政令で定めるところにより、労災保険法の適用を受ける全ての事業の過去3年間の業務災害等に係る災害率その他の事情を考慮して厚生労働大臣が定めるものとされている(基準労災保険率)。

(3)その上で、厚生労働大臣は、連続する3保険年度中の各保険年度において徴収法12条3項各号のいずれかに該当する事業であって当該連続する3保険年度中の最後の保険年度に属する3月31日において労災保険に係る保険関係が成立した後3年以上経過したもの(特定事業)については、同項所定の割合(メリット収支率)が100分の85を超え、又は100分の75以下である場合には、当該特定事業についての基準労災保険率を基礎として所定の方法により引き上げ又は引き下げるなどした率を、当該特定事業についての上記の日の属する保険年度の次の次の保険年度の労災保険率とすることができる。

(4)メリット収支率は、上記連続する3保険年度の間における業務災害に関する保険給付(労災保険給付)の額等に基づき算出するものとされている。

原審(控訴審)の概要-事業主の原告適格を肯定

特定事業について、労災保険給付の支給決定(労災支給処分)がされていると、これによりメリット収支率が大きくなるため、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料が増額されるおそれがある。

そうすると、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有する。

最高裁判決(本判決)の内容-事業主の原告適格を否定

「行政事件訴訟法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうところ、本件においては、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定に影響を及ぼすこととなるか否かが問題となる。」

「労災保険法は、労災保険給付の支給又は不支給の判断を、その請求をした被災労働者等に対する行政処分をもって行うこととしている(12条の8第2項参照)。これは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険の目的(1条参照)に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定するとともに、専門の不服審査機関による特別の不服申立ての制度を用意すること(38条1項)によって、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものであって、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。仮に、労災支給処分によって上記法律関係まで確定されるとすれば、当該特定事業の事業主にはこれを争う機会が与えられるべきものと解されるが、それでは、労災保険給付に係る法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれることとなる。」

「徴収法は、労災保険率について、将来にわたって、労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならないものとした上で、特定事業の労災保険率については、基準労災保険率を基礎としつつ、特定事業ごとの労災保険給付の額に応じ、メリット収支率を介して増減し得るものとしている。これは、上記財政の均衡を保つことができる範囲内において、事業主間の公平を図るとともに、事業主による災害防止の努力を促進する趣旨のものであるところ、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額を特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とすることは、上記趣旨に反するし、客観的に支給要件を満たすものの額のみを基礎としたからといって、上記財政の均衡を欠く事態に至るとは考えられ」ず、「労働保険料の徴収等に関する制度の仕組みにも照らせば、労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い。」

「特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならないものと解するのが相当である。そうすると、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に上記の決定に影響を及ぼすものではないから、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。」

「特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである。」

「以上のように解したとしても、特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。」

最高裁判決(本判決)の解説

1 労災保険制度(労働者災害補償保険)

労災保険制度とは、労働者の業務上の事由又は通勤による労働者の傷病等に対して必要な労災保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。この給付に必要となる費用は、原則として、事業主が負担する労働保険料によって、まかなわれています。

主な労災保険給付の種類

・療養(補償)給付

・休業(補償)給付

・傷病(補償)年金

・障害(補償)給付

・遺族(補償)給付

休業(補償)給付を受けるための手続

①労働災害の発生→②請求書を労働基準監督署へ提出→③労働基準監督署の調査→④支給・不支給の決定→⑤指定された振込口座へ保険給付の支払い

2 取消訴訟における原告適格とは?-労災保険給付の支給(労災認定)

(1)処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができるとされ(行政事件訴訟法9条1項)、処分の相手方(名宛人)以外の者について、法律上の利益の有無を判断する場合、「当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するもの」とするとされています(行政事件訴訟法9条2項)。

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(2)労災保険給付の支給(労災認定)では、被災労働者が請求人(名宛人)とされているため、事業主が労災保険給付の支給(労災認定)に対する不服を申し立てることができるかどうかが問題となります。労災保険制度において、労災認定がされている場合、事業主としては、労災トラブルに基づく損害賠償請求訴訟において、事実上不利益に判断されたり、また、メリット制を介して、労働保険料が増大する可能性もあるため、不利益を被る可能性があります。

(3)そのため、事業主が労災保険給付の支給(労災認定)に関する取消訴訟について、原告適格を有するかどうかが争点となっています。

この点について、国(厚生労働省)は、被災労働者等の法的地位の安定性を重視して、①事業主に対して労災保険給付支給決定の不服申立適格等を認めておらず、また、②労災保険料認定決定の不服申立等において、事業主が労災保険給付の支給要件非該当の主張することも認めていない状況にありました。

もっとも、原審(控訴審)は、事業主に対して、労災保険給付の支給決定(労災支給処分)に係る取消訴訟の原告適格を認めました。

最高裁判決(本判決)は、これらの争点に対する初めての最高裁判決となります。

3 「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」報告書

厚生労働省は、令和4(2022)年12月13日、「労働保険徴収法第 12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」報告書を公表し、被災労働者等の法的地位の安定性を十分に配慮することを前提として、メリット制の適用を受ける事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応を検討し、取りまとめています。

報告書のポイント

(1)労災保険給付支給決定に関して、事業主には不服申立適格等を認めるべきではない。

(2)事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応として、当該決定の不服申立等に関して、以下の措置を講じることが適当。

ア)労災保険給付の支給要件非該当性に関する主張を認める。

イ)労災保険給付の支給要件非該当性が認められた場合には、その労災保険給付が労働保険料に影響しないよう、労働保険料を再決定するなど必要な対応を行う。

ウ)労災保険給付の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に労災保険給付を取り消すことはしない。

4 本判決における実務的な影響

本判決では、労災保険給付支給決定について、事業主に不服申立てできないとする一方で(労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しない)、事業主に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができることを認めています。

これまで、①被災労働者の法的地位の安定性の確保と②メリット制によって労働保険料の増大という不利益を受ける可能性がある事業主の手続的保障を図る方法について議論されていたところ、本判決は、この議論について、最高裁として初めて判断を下しており、重要な意義を有します。

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Last Updated on 2024年7月30日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔

この記事の監修者

弁護士法人かける法律事務所 
代表弁護士 細井大輔

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