よくある相談
①求職者に採用内定を出したが、取り消したい。法的に問題はないか?
②どのような事情なら、採用内定を適法に取り消せるのか?
③内定を取り消したら、内定者から訴えられた!企業はどう対応すべきか?
事案の概要-東京地判令和6年7月17日(以下「本判決」という。)
被告(会社)が原告(内定者)に対して、スキルシートの提出を何度も求めたにもかかわらず、原告がこれに応じなかったため、採用内定を取り消したところ、原告から当該採用内定取消しは無効であると主張された事案である。
採用内定取消しまでの時系列
2023年4月10日 原告が被告の求人情報に応募
2023年4月19日 人事担当者(c)が、原告に対して、ぜひ被告で働いてもらいたい旨メール送信
2023年5月12日 人事担当者(c)はスキルシートを作成の上、5月19日までに提出するよう原告に求め、原告は同意
2023年5月16日 被告は採用内定通知書を原告に交付
2023年5月19日 原告がスキルシートを提出しなかったため、人事担当者(c)は原告に5月22日までに提出するよう求めた。
2023年5月20日 被告が、原告が捺印した状態の内定承諾書を受領(採用内定の成立)
2023年5月22日 原告がスキルシートを提出しなかったため、人事担当者(c)は改めて提出を催告
2023年5月25日 被告の営業担当(d)が原告に電話したところ、原告は、スキルシートの提出について、2023年5月中の対応が難しいと返答し、人事担当者(c)からスキルシートの提出を求められていることに対して不満を述べた。
2023年5月25日 被告は原告に対して内定を取り消す旨通知
2023年5月30日 被告は原告に対して採用内定取消書を送付
本判決の判旨-採用内定取消しを有効と判断
「採用内定期間中の解約権留保の行使は、試用期間における解約権留保と同様、労働契約の締結に際し、企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮し、採用決定の当初にはその者の資質・性格、能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものという解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきである。したがって、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である」
「原告は、5月12日に、被告からスキルシートを作成して同月19日までに提出するよう求められたが、同日までに提出しなかったこと、原告は、同日、被告から改めてスキルシートを同月22日までに提出するよう求められたが、同日までに提出しなかったこと、原告は、同日、被告からスキルシートを提出するよう催促されたが、同月25日までに提出することなく、cから複数回電話がかかってきていたのに対しても電話を折り返すことなく、同日、dからの電話に対して、スキルシートの提出を求められていることについて不満を示すとともに、同月中に提出することはできない等と述べた」
「かかるスキルシートについては、被告が、配属先をシステムソリューション事業部として原告を採用しており、顧客先で常駐してシステム開発等の職務を行うことが予定されていたものであるところ、原告の派遣先となる顧客を探すための営業活動が1か月程度かかるものと見込まれ、その営業活動のために原告のスキルシートが必要であった」
「被告が提出を求めていたスキルシートは、ソフトウェアやシステム開発等に携わった経験のある者であれば、数日程度で十分に作成することのできる書類であった」
「5月12日から同月25日までに、主にスキルシートの提出に関して原告が被告に対して行った上記の対応及び態度は、被告の顧客先に常駐して職務を行う労働者としての適格性及び社会人としてのビジネスマナーの欠如を示すものであって、被告において採用内定時点には知り得なかった」
「被告が本件採用内定を取消したことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができる」
ポイントー採用内定の法的性質と採用内定取消しの適法性
採用内定について、法的には、会社による募集(申込みの誘引)に対して求職者が応募したことが労働契約の申込みであり、会社の採用内定通知が求職者の申込みに対する承諾と解され、会社の内定通知と求職者による誓約書の提出とあいまって労働契約が成立します。
この労働契約は、「始期付解約権留保付労働契約」といわれています。そのため、内定取消(留保された解約権の行使)は、客観的に合理的で社会通念上相当として是認することができる場合に限り認められます。
最判昭和54年7月20日(大日本印刷採用内定取消事件)でも、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である」とされています。
内定取消が可能な事情
①内定者が予定の時期に卒業できなかった場合
②長期療養のために、予定していた勤務開始日に出勤できなくなった場合
③健康状態が悪化し、期待された業務ができなくなった場合
④重要な入社手続を合理的な理由なく、行わなかった場合
⑤経営上の理由で人員削減が必要となり、内定者を就労させることができない場合
適格性欠如を理由とする採用内定取消しの注意点
①採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実といえるか?
内定者の適格性欠如を理由とする採用内定取消しについて、採用内定段階で調査すれば知ることができた事情を理由とする場合、その有効性が否定される可能性もあります。
本判決では、スキルシートの提出を求め、原告がこれに応じなかったという事情が、採用内定時点では知りえなかったため、客観的合理的な理由になると判断されています。
採用内定段階で調査すれば知ることができた事情を理由に採用内定を取り消したとしても、当該内定取消しは無効であると判断される可能性があるため、注意が必要です。
採用内定の取消しを行うに際して、その理由を具体的に検討することが必要ですし、無効と判断されないように、法的な観点から検討が必要となります。
内定手続後に、単純に価値観が合わないとか、イメージが暗いとか、失礼な言動が多少あったという理由で、内定取消を行う場合、深刻なトラブル・紛争に発展する可能性があります。
②無条件に採用内定取消しができるわけではないこと
本判決では、原告の派遣先となる顧客を探すための営業活動が1か月程度かかるものと見込まれ、その営業活動のために原告のスキルシートが必要であり、また、スキルシートの作成は、経験者であれば数日程度で作成できるものであったことを理由に、採用内定の取消しを有効としています。
採用内定の段階でも、無条件に採用内定取消ができるわけではないことに注意する必要があります。
つまり、「採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認する」と判断できる理由が必要です。
採用内定取消には、社会通念上相当な理由が必要であるため、その疑義を回避するためにも、採用内定通知書において、取消理由を例示しておくことも、後日の紛争やトラブルを回避するためにも有効です。
内定通知書に記載する内定取消事由
・卒業予定であった大学を卒業できなかった場合
・採用時の提出書類に虚偽があった場合
・健康状態の悪化により業務遂行できなくなった場合
・入社日までに刑事事件を犯した場合又は逮捕された場合
・当社の名誉や信用を著しく毀損した場合
・入社承諾書を指定された期日までに提出しなかった場合
・その他内定取消しとされてもやむを得ない事由があった場合
③採用内定取消しの理由を明示し、紛争リスクに備えること
採用内定取消しの理由を明確にし、内定者に対して通知し、説明することが重要です。取消しの理由が曖昧であると、内定者から異議を申し立てられたり、労働裁判で争われる可能性が高まります。
会社は、実際に採用内定を取り消す必要が発生した場面において、内定者が理解しやすいように説明を行うことがポイントです。しっかりと説明することによって、深刻な労働トラブルや紛争を回避することが可能です。内定者から、内定取消の理由の説明を求められた場合、丁寧に対話し、説明することも検討してください。
▼内定取り消しに関する当事務所の解決事例▼
【解決事例】内定取消しについて紛争に発展せず、解決できた事例
採用内定手続や内定取消しについては、弁護士法人かける法律事務所にご相談ください
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Last Updated on 2025年3月18日 by この記事の執筆者 代表弁護士 細井 大輔 この記事の監修者 弁護士法人かける法律事務所 弁護士法人かける法律事務所では、経営者の皆様に寄り添い、「できない理由」ではなく、「どうすれば、できるのか」という視点から、日々挑戦し、具体的かつ実践的な解決プランを提案することで、お客様から選ばれるリーガルサービスを提供し、お客様の持続可能な成長に向けて貢献します。 「裁判」や「訴訟」と聞くと、あまり身近なものではないと感じられるかもしれませんが、案外、私たちの身近には様々な法律問題が存在しています。また、法律問題に直面したときに、弁護士に依頼するということは、よほど大事なことのように思えます。しかし、早い段階で弁護士に相談することで解決することができる問題もあります。悩んだら、まずは相談することが問題解決への第一歩です。そのためにも、私は、相談しやすく、頼りがいのある弁護士でありたいと考えています。常に多角的な視点を持って、どのような案件であっても、迅速、正確に対応し、お客様の信頼を得られるような弁護士を目指します。弊事務所では、様々な層のお客様それぞれの立場に立って、多角的な視点から、解決策を提示し、お客様に満足していただけるリーガルサービスを提供します。お悩みのことがございましたら、是非一度、お気軽にご相談ください。
代表弁護士 細井大輔
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