週刊誌へ自社の情報の内部告発を行った従業員を解雇できますか?-水戸地判令和6年4月26日(水産業協同組合A事件)をもとに解説-
よくある相談
①虚偽の内部告発を行った従業員を解雇できますか?
②内部告発と解雇の可否との関係を知りたい。
③適切な内部通報制度を整備したい。
事案の概要
被告(漁協組合)が原告Aに対し、以下の①及び②を理由に解雇の意思表示をしたところ、原告Aは、当該解雇が権利濫用であり、無効であると主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた事案である。
①原告Aが、週刊誌記者に、被告が茨城県作成の「しらす試験操業に係る漁獲物等の放射性物質分析結果について」と題する書面の記載を改ざんしたとして、上記書面に書き込みをした書面(以下「本件書面」という。)を提供し、その旨を週刊誌(令和3年3月18日号)に掲載させたこと
②原告Aが、被告の書庫内の書類を無断撮影の上、これを証拠として、かねてから妬みを持っていた上司らに刑事処分を受けさせる目的で、茨城県警察に対し、被告が「がんばる漁業復興支援事業の事務補助金」(以下「本件補助金」という。)を不正に受給したとの虚偽の告発をしたこと
争点
①週刊誌記者への取材に応じたこと(虚偽情報のリーク)や②警察への告発(虚偽の告発)を理由とする解雇の可否
判旨のポイント①ー週刊誌記者への取材に応じたこと
「本件記事の内容は、「茨城県加工シラス放射能“基準超え”数値はなぜ消えた」との題名のもと、本件書面に数値修正の書き込みがあり、修正後の数値を県が公表したこと、本件会議において放射性物質の検査結果が改ざんされた疑惑が生じたとの記載がある一方で、本件会議において被告の幹部職員が説明した内容、被告及び県に対する取材結果も同様に記載され、茨城県の数値は健康に影響が出るレベルではなかったと締めくくっているのであるから、これを読んだ一般読者においては、被告が何らの根拠なく隠蔽目的で放射性物質分析結果数値を修正し、改ざんしたとの印象を抱くとまではいえず、被告の信用低下は仮にあるとしても限定的なものにとどまる。」
「原告Aが、本件書面の記載内容から、被告あるいは茨城県が、漁獲物の流通を確保するために、実際の放射性物質検査結果の数値よりも低い数値を公表したのではないかとの疑念を抱くことは必ずしも不合理なことではない」
「原告Aが、週刊誌記者からの取材に対して、本件書面及び本件会議の録音音声を提供し、実際の放射性物質分析結果とは異なる数値が公表された可能性があるとの認識を回答していたとしても、それが、故意に虚偽の情報を提供したものであったということはできず、およそ合理的な理由なく被告の信用を毀損する行為であったということもできない。」
「原告Aが取材に応じたことは、不合理に被告の信用を低下させるものであったとは認められず、解雇の有効性を基礎付ける客観的合理的な理由たり得ない」
判旨のポイント②ー警察への告発
「原告Aの認識していた事情を基礎とすれば、被告が本件補助金を不正に受給しているのではないかと疑問を抱くことがおよそ不合理であったとまでいえるものではなく、原告Aの告発が全く根拠を欠く不当なものであったとは認められない。また、原告Aが、本件補助金の不正受給の事実はないと認識していたにもかかわらず、捜査機関に対して虚偽の告発をしたとも認められない。」
「原告Aによる告発が、上司に対する私憤を晴らすという個人的な目的によるものであったとはいえない。そして、原告Aによる告発がおよそ合理性を欠いていたということはできず、その内容においても公益通報としての側面を有していたことを併せ考慮すれば、原告Aによる告発が、解雇の有効性を基礎付ける客観的合理的な理由たり得ないというべきである。」
解雇権濫用法理と公益通報
まず、日本の労働法では、解雇権濫用法理があり、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当ではない場合、解雇権の行使が濫用したものとして無効となります。つまり、企業が労働者を解雇するためには、客観的な合理的な理由や社会通念上の相当性が求められ、不当解雇について、厳格な規制があります。
また、日本では、公益通報者の保護を図るため、公益通報者保護法が制定されており、公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇無効や不利益な取扱いの禁止が定められています。
そのため、解雇権濫用法理と公益通報者の保護の観点から、企業が内部通報が行われた場合、解雇の可否や解雇の有効性について、慎重に判断する必要があります。
例えば、報復目的や嫌がらせ目的を理由とする虚偽の内部通報が行われたからといって、直ちに解雇するかどうかについて、冷静な判断が求められています。
労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする。
本判決から考える実務的な注意点やポイント
①週刊誌記者への取材に応じたことや週刊誌へリークしたことを理由とする解雇については、無効と判断されることもあるため、注意する必要があります。仮に、虚偽情報のリークを理由とする解雇を行う場合には、企業(会社)の信用低下を具体的に検討しておく必要があります。
②警察への虚偽の告発を理由とする解雇について、告発内容について、疑問を抱くことが不合理ではないと判断されると、無効と判断される可能性があります。そのため、警察への告発だけを理由とする解雇は慎重に判断する必要があり、個人的な目的であることや真実相当性に欠けるというところまで、調査が必要となります。
③内部告発を理由とした解雇や懲戒処分を行う際には、公益通報保護法の内容や趣旨を理解した上で対応する必要があります。解雇が無効と判断されると、雇用契約上の地位が確認されたり(復職)及び多額のバックペイ(未払賃金の支払)等企業にとって、重要な不利益(リスク)が顕在化します。
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