セクハラ発生時の懲戒処分をどう考えるか?初動から処分判断、再発防止について、弁護士が解説します。

よくある相談
- セクハラの申告がありました。処分は必要でしょうか?解雇まで検討すべきですか?
- 本人は“冗談のつもり”と言います。どこまでが処分の対象になりますか?
- 被害者は退職を考えています。会社として今すぐ何をすべきでしょうか?
はじめに:セクハラ発生時の対応と懲戒処分
企業から寄せられるハラスメント(セクハラ)の相談の中でもとくに多いのが、「この行為はセクハラに該当するのか」「どこまで懲戒処分をしてよいのか」という判断に関するものです。
セクハラについては、発言した側は「軽い冗談のつもり」「悪気はなかった」と説明する一方で、受け手は強い不快感や恐怖感を抱くことがあり、両者の認識が大きくずれるケースが後を絶ちません。こうしたズレが放置されると、職場の信頼関係が崩れ、退職や紛争へ発展することも珍しくありません。
また、会社側としても、被害者への配慮と同時に、懲戒処分の可否・程度や再発防止策の検討など、多面的な判断が求められます。「どこまで事実を確認すればよいのか」「解雇まで検討してよいのか」と迷いが生じやすく、初動を誤ると企業にとって大きなリスクになることがあります。
本コラムでは、営業現場で起こり得る典型的なセクハラ事案を題材に、ハラスメント発生時の初動対応、事実調査の進め方、懲戒処分の考え方、再発防止のポイントをわかりやすく整理します。
題材ケース:飲み会での発言と私的連絡がセクハラ問題に発展したケース
営業部の上司Cは、部署の飲み会の席で、入社して間もない部下D(女性社員)に対し、「彼氏はいるの?」「かわいいね」「今度2人で食事でもどう?」などの発言を繰り返しました。翌日以降も、CはDに対してLINEでプライベートな誘いを続けました。
Dは次第に強い不快感を覚え、社内の相談窓口に相談。会社はセクシュアルハラスメントの可能性があるとして、正式な調査を開始することになりました。
【会社側の状況】
- Cは「冗談だった」「そんなつもりはなかった」と説明。
- Dは心理的負担が大きく、退職を検討するほど悩んでいる。
- 会社は職場への影響を考え、懲戒解雇も含めて処分を検討している。
なぜ今、ハラスメント対応が注目されているのか
近年、ハラスメントそのものだけでなく、「企業がどのように対応したか」が社会的評価として重視されます。被害者・加害者双方からの主張が交錯し、企業対応の遅れや不備が明らかになると、「被害者軽視」「組織の隠蔽体質」という印象が広まりやすい状況があります。
① 対応の遅れ・不十分さが社会的批判に直結する時代
SNSの発達により、企業不祥事やトラブル対応の過程がリアルタイムで可視化される時代となりました。対応が遅れたり、被害者への配慮が欠如していたりすると、その様子が外部に伝わり、「企業の体質が問われる」事態になりかねません。
実際、ハラスメント問題を軽視した組織はブランド価値を著しく下げ、採用面や取引関係に悪影響が生じるケースも増えています。
② 一方的な処分や手続の不備は加害者からの反発を招く
他方で、被害者側に寄りすぎるあまり、事実確認を十分に行わずに処分を行ってしまうと、今度は加害者側から法的主張が出されます。
例えば
- 不当懲戒
- 名誉毀損
- 不当配置転換
等が問題となるケースがあります。
企業は、「被害者保護」と「公正な手続」を両立しなければなりません。ハラスメント対応とは、加害者と被害者のどちらか一方を守る作業ではありません。企業は常に「事実を冷静に把握し、公正な手続を進めること」が求められます。いまや、対応の仕方そのものが企業の信用を左右する時代になっているのです。
ハラスメントとは何か:企業が押さえるべき基礎知識
ハラスメントとは、職場での優位性や立場の差を背景にした言動によって、特定の価値観に従い、相手の尊厳を傷つけたり、就業環境に悪影響を与えたりする行為をいいます。この基本的な理解を持つことで、「どの行為が対応すべき問題なのか」を企業として正確に判断しやすくなります。
ハラスメントにはパワハラ・マタハラ・カスハラなど様々な種類がありますが、その中でも判断が難しく、企業トラブルにつながりやすいのがセクシュアルハラスメント(セクハラ)です。
セクハラが複雑化しやすい主な理由
- 相手の受け止め方に大きな個人差がある
- 行為者側は「冗談」「親しみ」と考えていることが多い
- 飲み会・LINEなど私的空間との境界が曖昧
- 職場文化や人間関係が影響し、問題が表面化しにくい
こうした要因が重なると、現場では「本人はそんなつもりじゃなかった」「周囲はどう受け止めたのか」など評価が分かれ、判断を誤りやすくなります。
厚生労働省では、職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)を、職場において行われる、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されることと説明しています。
今回取り上げるような事案は、あらゆる企業で日常的に起こり得るものであり、適切な初動対応・公正な社内調査・妥当な懲戒判断の3つを適切に行うことが、企業経営における重要な課題となっています。
ハラスメント対応は「予防」と「発生時の対応」の両方が必要
セクハラへの対応は、「予防」と「発生時の対応」の二つがそろってはじめて効果を発揮します。どちらか一方だけに偏ると、再発を防げなかったり、企業の姿勢が問われたりするおそれがあります。
まず「予防」の段階では、制度づくり・教育・職場の雰囲気づくりが土台になります。企業としてセクハラを許さないという方針を明確に示し、社内で共有することが出発点です。特に、管理職には、「どこからがセクハラになるのか」「冗談のつもりでも相手にとっては負担になる」という点を理解してもらう研修が欠かせません。また、相談窓口の整備や、1on1面談・アンケートなどを通じ、従業員が声を上げやすい環境をつくっておくことも大切です。
しかし、どれだけ予防を強化しても、セクハラを完全にゼロにすることはできません。問題が発生した際には、①初動対応 ②事実調査 ③再発防止という流れで進める必要があります。
適切な予防と、適切な発生時対応がどちらも整ってこそ、セクハラ対策は実効性を持ちます。どちらかが欠けると、従業員を守りきれないだけでなく、企業としての信頼にも影響します。平時から両方の体制を整えておくことが重要です。
懲戒処分とは?セクハラ事案での判断基準
セクハラが確認されたとき、企業が検討すべき対応のひとつが「懲戒処分」です。これは、被害者の保護、職場の秩序維持、そして再発防止のために必要となる措置です。
懲戒処分とは、従業員が職場のルールに反した行為をした際に、会社が一定の不利益を科す制度です。戒告、減給、出勤停止、降格、諭旨退職、懲戒解雇など、処分の種類は段階的に用意されています。
では、なぜ懲戒処分を検討する必要があるのでしょうか。
① 被害者の心理的ケアと安全確保のため
処分があいまいなままだと、被害者は「会社に守ってもらえない」と感じ、退職や休職につながりやすくなります。
② 職場秩序の回復のため
セクハラ行為を放置すると、「何をしても許される」という雰囲気になりかねず、他の従業員にも悪影響が広がります。
③ 再発防止と企業防衛のため
適切な対応を怠ると、後に損害賠償請求や社会的批判につながる危険があります。
つまり、懲戒処分は単に「罰するための制度」ではなく、企業全体の環境を守るための重要なリスク管理といえます。
懲戒処分のポイントと注意点:判断を誤ると企業リスクに直結する理由
懲戒処分を検討する際には、次の三つの柱を押さえることが欠かせません。
① 就業規則に根拠があるか(法的な前提条件)
懲戒処分をするためには、就業規則に明確な根拠があることが必要です。ここが曖昧だと、「不当懲戒」と主張され、処分が無効になるおそれがあります。
② 処分の“重さ”が妥当か(相当性)
懲戒処分の内容は、行為の程度や悪質性、立場、過去の状況などを総合して決めます。
具体的な評価ポイント
- 言動の内容
- 身体的接触の有無
- 被害者の心理的影響
- 反省の有無
- 過去の処分歴
- 職場全体への影響
セクハラだからといって、必ず重い処分が妥当とは限りません。処分が重すぎれば無効となる可能性があり、企業にとってリスクになります。
③ 適正な手続を踏んでいるか(手続的要件)
手続が不十分だと、それだけで懲戒処分が無効となる場合があります。
特に重要なポイント
- 本人に弁明の機会を与える
- 調査内容や判断過程を記録する
- 就業規則で定められた手続(懲戒委員会等)を経て決定する
拙速に結論を出してしまうことが、大きな失敗につながりやすい点です。
懲戒解雇の注意点とリスク:最も重い処分は慎重に判断する必要がある
懲戒解雇は、懲戒処分の中で最も重い措置であり、「企業秩序が大きく損なわれた場合」に限って認められる例外的な処分です。セクハラ事案であっても、この位置づけは変わりません。
特に重要なのは、解雇権濫用法理(労働契約法16条)が懲戒解雇にも適用されるという点です。
解雇権濫用法理とは、「客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当といえない解雇は無効になる」というルールで、ハラスメントを理由とする懲戒解雇でも同じ基準で判断されます。
そのため、セクハラ行為があったとしても、裁判所は懲戒解雇について非常に厳しく審査します。次のような事情がある場合、懲戒解雇は無効と判断される可能性があります。
- 行為者が反省している
- 初めての違反である
- 被害の程度が限定的である
- 会社側の調査が十分でない
- 過去の処分例とのバランスが取れていない
懲戒解雇が無効となった場合、企業には次のような大きな負担が生じるおそれがあります。
- 従業員の地位確認請求(復職の問題)
- 未払賃金や賞与の請求(バックペイ)
- 企業側への慰謝料請求
このように、「セクハラ=懲戒解雇」という単純な判断にはなりません。
懲戒解雇は、企業にとっても最後の手段であり、行為の内容、被害の程度、再発のリスク、反省状況などを総合的に慎重に見極める必要があります。
まとめ:企業が今すぐ取り組むべき3つの実務ポイント(セクハラ対応)
今回のように、飲み会での発言や私的連絡がセクハラにつながるケースは、どの企業でも起こり得ます。だからこそ、平時から次の3つの体制を整えておくことがとても重要です。
実務ポイント①初動対応のルール化と担当者の教育
セクハラの相談を受けたとき、誰が・どの順番で・何をするかをあらかじめ決めておくことで、被害者保護と調査の公正さを確保しやすくなります。相談受付、記録化、被害者保護、ヒアリング手順などを担当者に周知しておくことが不可欠です。
実務ポイント②社内調査の流れと記録方法の整備(様式の統一など)
調査の質は、そのまま処分の妥当性に直結します。ヒアリングシート、証拠保全リスト、調査報告書などの様式を統一し、判断の根拠が後から確認できる状態にしておくことが大切です。
実務ポイント③外部専門家(弁護士など)と相談できる体制づくり
セクハラは、事実認定や処分の相当性で判断が分かれやすい分野です。特に、懲戒処分の要否・重さを検討する場面では、早い段階で専門家に相談することが、後の紛争リスクを減らす最も効果的な方法になります。
セクハラ対応は、予防・初動・調査・懲戒判断・再発防止のどれか一つでも欠けると、企業の信頼低下につながりかねません。平時から適切な仕組みを整え、実務を運用できる状態にしておくことが、企業を守る第一歩となります。
ハラスメント対応については、弁護士法人かける法律事務所へご相談ください。
ハラスメント対応は、企業にとって判断が難しく、社内だけで解決しようとすると負担が大きくなりがちです。「どこまでが指導なのか」「どの手順で進めればよいのか」「処分の妥当性に不安がある」
そのような段階からのご相談でも、ぜひ私たちにお任せください。
弁護士法人かける法律事務所では、ハラスメント対応、問題社員対応、懲戒処分、バックペイ請求への対応、労働組合との交渉、労働審判・裁判まで、幅広い労務問題に精通した弁護士が実務に即してサポートいたします。初動対応のアドバイスから社内調査の進め方、文書整備、再発防止策の設計まで、一貫したサポートをご提供します。
まずは一度、現在のご状況を丁寧にお伺いし、必要な対応とあわせて、顧問契約による継続的なサポート体制もご説明いたします。単発の対応に終わらせず、長期的な視点で労務リスクを管理していくことが、企業の安定した経営と働きやすい職場づくりにつながります。
私たちは、「持続的な成長」を理念に掲げ、企業の皆さまが安心して事業に専念できる環境づくりを支援しています。ハラスメント対応に不安があるときは、企業のパートナーとして寄り添う弁護士法人かける法律事務所に、どうぞお気軽にご相談ください。
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